序文~「社会」ではない(2007/05/03)
仏陀は仰った。
社会とは、そこにまことの智慧が輝いて、
互いに知りあい信じあって、
和合する団体のことである。 (仏教聖典より)
…
ということは、私が今まで「社会」と呼んでいたもの、あれらは「社会」ではなかった。
仏陀は仰った。
社会とは、そこにまことの智慧が輝いて、
互いに知りあい信じあって、
和合する団体のことである。 (仏教聖典より)
…
ということは、私が今まで「社会」と呼んでいたもの、あれらは「社会」ではなかった。
~『カインの末裔』
高校生の頃、図書室で、有島武郎の『カインの末裔』を読んだ。
冒頭の乳児の描写が「茹で蛸のような…」ときたもんだ。
乳児を愛情を持って眺めるような視線が全く感じられない。
そして文面から肉と体液と汚物の悪臭が、激しく臭ってくるような錯覚に陥る。
読んでいくと、何気に口の中に不味いものが広がってくる。
…この本、内臓にくる…!!!
これが、私の“プロレタリア文学”との出会いだった。
…臭っ!これが“プロレタリア文学”か…っ!!!
結局『カインの末裔』は、最後まで目を通さず、私は逃げ出した。
以後、有島武郎のものは、絶対読まないと決めた。
何故こんな醜悪なものが、「文学史」の一ジャンルとして、しっかりと刻まれているのか、私には理解し難かったし、これを時に押し流させて風化させてしまわず、わざわざ残した、先人たちの神経も疑った。…しかし。
「もっと凄いのがある。」
と、社会科の先生は言った。
「それを読んだおかげで、僕は今もカニの缶詰が食べられないんだよ。」…
…そう、小林多喜二の『蟹工船』である。
~『蟹工船』
有島武郎以来“プロレタリア”なものは避け続けてきた。
しかし、昨年、ちょっと魔がさした。
図書館に用もなく訪れて、何気に文学集の中に『蟹工船』を見つけた。
ふと、昔社会科の先生が言った「カニ缶が食べられなくなった」話を思い出して、うっかり『蟹工船』を手にとってしまった。
有島武郎の『カインの末裔』を読んだ時のことが、フラッシュバックで蘇った。…
ああ、これはカニ缶食べられなくなるわ。…
聞きしに勝るエグさだった。
中盤は、ほぼ斜め読みだったのにも関わらず、文面から漂う悪臭は凄まじかった。
それ以後、私もカニ缶、及びカニ料理が食べられない。
さらに私を仰け反らせたことに。
日比谷にある料亭の名前が「蟹工船」だった。
…食品を扱う店の名前じゃ、ないですよッ!
私は精神的なカニアレルギーを患ってしまっていた。…カニスティックならOKだ。
しかしやっぱり、理解できん。この極めつけの醜悪さ。なんでこんなものが図書館にあるんだ…。
世ではこの衝撃というか、エモーションをも「感動」と呼ぶのか。
多分、“プロレタリア文学”の作家たちは、あえてこの「感動」を狙って、カニ缶が食べられなくなるほどの作品を描いたのだろう。“プロレタリア文学”が「文学史」に残るほどの偉業だとするなら、その理由は、私にはこれしか思い浮かばない。
~己を見よ!
「まぁ、私は『蟹工船』を読もうが読むまいが、カニはダメなんだけどね。」
と、エビ・カニに本当に身体的にアレルギーのある私の友人の愛読書の中には、かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』があった。
ウヨッキーな彼女が『蟹工船』を読んだ時、この小説では「赤化」という単語がプラスの意味で使われている、ということに驚愕していた。
…私はそういう方向からの見方があったのかと、友人の読解力に驚愕していた。
そんな友人と会った時、私は日々募る鬱憤をぶちまけていた。
話を聞いた彼女から、
「なんか最近、あなた、プロレタリアっぽいわよ。」
と、的を得た一言を頂戴した。
意外にもその時、私には“プロレタリア”に対する拒否反応が無く、素直に頷けたのだった。
そこで、生まれも育ちも“プチブル”の私は、もしかしなくても、今、「資本主義社会で生産手段をもたず、自分の労働力を資本家に売って生活する賃金労働者の妻」━━“プロレタリア”━━であることに気づいた。
…あれほど忌み嫌ったものが、私自身であったとは!
~経緯
「格差社会」が叫ばれる昨今、かつての“プロレタリア”のようなものが増殖するのも当然の話で。
そうなると、…と、私に一つのヒラメキが降りてきた。
…文学界にプロレタリア文学が復活するのでは…!?
“国”が「格差」の問題についても、人として、真っ向から取り組みでもしない限り、多分この先の時代は、バブルの頃と違い、浮ついたものだけが受け入れられるような時代とは違うだろう、…と予測した。
貧しい、苦しい、ひもじいなどと、卑屈な寒々しい物語を描く物書きらが、ボロボロと世に出て来て、人々の共感を煽りだすのでは…?
それがひとつのムーブメントになったら…、これに乗らないテはなかろう。
この予測が当たれば、私は将来、占い師になって“プロレタリア”からの脱出を試みる。…しかしそうであっても、ブルジョアと呼ばれる者には、なりたくない。
『カインの末裔』との出会い以来、“プロレタリア”ということが、これほど意味を持ったことはなかった。
…
このブログの『Proletarier労働歌』のタイトルと、テーマの経緯は、このようなところである。
ここでは、かつての“プロレタリア文学”に敬意をを込めて、できるだけ醜悪なものを綴ろうか、と思っている。
…しかしそれでもせめて、「クソ」は「ウンコ」と表記しようか、と目下悩むところである。
~「赤坊」の行く末
『カインの末裔』の冒頭の赤ん坊を「茹で蛸のような…」と表記したが、間違いだった。
今はネットの青空文庫で、『カインの末裔』や『蟹工船』、その他諸々の文学に触れることができる。
見ると、「茹で蛸」ではなくて、「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」となっていた。…そのへんの間違いは、何しろ20年近く昔に見たものだから、仕方ないっちゃあ仕方ない。
この「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」は、人でない暮らしを強いられた貧しい民に内在する“命”たるものの象徴のようだ。
“何でこんな邪魔なものが在るのか”と、この「赤坊」の存在は、物語中で疎ましげに映る。
そして、この「赤坊」は、最後には、一時の飢えをしのぐための食物と成り果てる。
由々しきことに、これは過ぎた昔の話、とも言い切れない。
今尚、命がないがしろな世の中だ。
「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」のような行く末を辿る子らは、実際、まだ生まれてきている。
…
非道な雇用主に、何度もウソをつかれ、裏切られた人々は、希望も労働意欲も失っていく。
裏切られ続け、心の荒んだそんな人々の殖やした子らは、親から、友から、目を覆いたくなるような陰惨な虐待を受ける可能性もある。━━何しろ、心の荒んだ人々には、モラルの何たるかが理解できないのだから。
弱い者が、更に弱い者を探し、連鎖するイジメも虐待も、この国から無くなることは無い。…
すべては、目先の利益にしがみついて、世からモラルを排斥した、支配者階級の愚行が引き起こしたことである。
この度の引越しは、とにかく紆余曲折あった。
当初では2005年5月頃の予定が、ズレ込んで2005の年の瀬になった。
しかし、それだけではなかった。
主人は単身赴任に近い状態の長期出張で、長い間ホテル住まい。
「引越しらくらくおまかせコース」なんぞを会社が選んでくれるはずもないから、引越しの段取りは、荷造りから全て、私一人の作業だった。
引越し会社5社の見積書を会社に提出したが、会社から引越し会社決定の知らせが全く入らず、10日以上経ち、引越し当日4日前になって、ようやく、
「日通にお願いしました。」
と、社長から連絡があった。
一番安い見積もり金額を出したアリさんからは、見積もり後の連絡が遅いということで、断られたようである。…社長、アホだね。
実は、私が引越しするその日は、正に「姉歯ショック」の余波で、都内は引越しラッシュだった。
連絡があるまで、正直、運送会社のトラックが空いているのか、空いていなければ、予定していた日に引越しができなくなる…、とヤキモキしていた。
更に。
私は引越し会社が無料でくれるダンボールを、大きくアテにしていた為、引越しの準備は引越し4日前の時点で、相当中途半端だった。
こんな直前までダンボールが手に入らない、引越しの準備の苦しさといったら無かった。
アホ社長を呪い殺そうと、どれだけ思ったことか。
仕方なく市販のダンボールを購入し、その領収書は会社の名前で切ってやったところで、気持ちは多少落ち着いた。
しかしま、なんとか予定通り引越しできそうで、ひとまず安心。
ところが。
そうやってこないだ、てんやわんやで引越しをさせた半年後。
その頃になっても、主人のホテル住まいは続き、私達夫婦は離れ離れで暮らしていた。
散々遠隔地に亭主を送り込んで、家庭を引き裂いて、安月給で亭主をこき使いながら、この期に及んで、また「引っ越さないか?」…バカ社長にアホ会社め、お前らは将軍様か!!!
引越しにかかる自腹の金がどのくらいになるのか知っているのか?本来、亭主に支払われるべき給料の、大半をピンハネして儲けておきながら…!!!
我が家に回ってくるはずの、そのピンハネの儲けで買った彼奴らのゼイタク品の一切、全て呪われている!!
我が家を不幸にした分の不幸は、不幸を取り出してきた彼奴らの元に返っていくのだ。
…彼奴らの背後に忍び寄って、ハンマーでドツキたい。
焼けた鉄の靴を履かせて、一生踊り続けさせてやりたいぃぃ!!
その靴底に、ガムつけてやりたいぃぃぃ!!
私の墓穴の隣には、呪われた輩の墓穴が、きっちり、たくさん用意されている。
経営者だか人事だか知らんが、彼奴ら、そのクソアホバカが賢く心を入れ替えることが無いなら、お前ら、いずれ呪うからな。
呪詛・マガゴト(禍事)を極め尽くしてでも、確実に呪うからな。
自分の儲けのために踏みつけた、勤勉で善良な社員の「妻」の怨念の一切で、彼奴らの血の最後の一滴までも汚されるのだ。
…
バカ社長の思惑に、散々引っ掻き回されて、また引っ越すかもしれない。
その候補の地を視察してきた。
暑い日が続くので、ツライなぁ…、と思っていた割に、今日は曇りで過ごし易かったのが幸いした。
紀伊半島に台風が接近しているらしい。
一時間に1本の、山の中を走るワンマン車両に揺られて、着いたその地は、なんだこりゃ。
今住んでいるところより、地場が2~3ランク下がったカンジ。
今住んでいるところも、けっこうな田舎だと思っていたけれど…、ここはまた更にド田舎。
「市街地」と呼ばれる大通りのサビレ具合が、また格別。
この地域は税金を、一体どこに使っているんだ?
そして、涼みに入った駅前の喫茶店の中に、チェ・ゲバラのポスターが貼ってあった。
ここの初老の店主は、革命を志しているのかもしれん。
そういえばちょっと前までは、ゲバラのTシャツも毛沢東のTシャツも、大体3000円~のレアな品物だったと思ったが。
…最近は、1000円以下で叩き売りされているのを目にする。
究極の選択で、ゲバラTか毛Tのどちらかを着なければ死ぬとしたら、仕方なく男前のゲバラTの方を私は選ぶんだろうな。
そんなことを考えながら、ポスターを眺めていた。
あと3ヶ月で、2006年も終わる…。
一体、何だったんだ…。
会社に騙されて引っ越して、ダンナと離れ離れに暮らして、2年近く。
一人暮らしの日々は長く、身寄りの無い土地で、最近は軽くニート状態。
~もう、だめかもしれない…
主人からメールか来た。
もう、だめかもしれない。
転職するには微妙な年齢の主人から、絞り出た言葉。
これを私に伝えるのに、どれほどの勇気が要ったことだろう。
ここのところ、主人がホテルの窓から飛び降りる映像が、常に私の脳裏をかすめていた。
あまりに長いホテル住まい。
普段から血圧が高めの主人が、ホテルに居て、健康管理が万全にできているとは思えない。
そして、真面目で責任感のある主人一人に、全ての重圧を押し付ける会社。
その割りに、主人を正当に評価しない。
主人がこの会社を面接をした時に、社長と話したことと求職票の内容、それらと今の現実が、かけ離れ過ぎている。
あれだけ働いて、ここまで犠牲を払っている主人が、どうしてこんな安い給料になるんだ?もちろん、主人は悪いことは何もしていない。
サービス、サービス、サービス、サービス…
下請けの主人を、まるで使い勝手のいい便利な道具のように思っているらしい。
要はピンハネ。━━バカ社長が、子供のお稽古と奥様のオシャレのために、私と主人から搾取している。
私達夫婦は、この二年間で、10回会っているかいないか。
主人だけでなく、私も相当の犠牲を払っている。
田舎の老いた両親は、それとなく、孫がまだできないことを気にする。
…遠隔操作では、子供はできない。
私自身も、子供を望んで5年が過ぎた。
目先のことしか考えられない、三手先、五手先が読めない、このバカ社長のような支配者階級の人間が、自殺のみならず、少子化までも促進させている。
このような醜い支配を続けていて、せっかく目先の金銭でお稽古事までさせた、己の子供達が呪われる恐ろしさに、バカ社長は気づかないらしい。
主人の心臓が、よくない。
人間ドックで、心エコーの「要検査」の結果が出ているのに、検査に行くヒマは無い、と主人は言う。
少しサボれよ。
と、私は主人に言うが、主人の性格上、それができないそうだ。
私は、割とよく、仕事をサボる。
「お腹が痛い…気がする」、「心が、風邪をひいた」などと、適当な理由をつけて、欠勤する。
なに、「ヤル気の無いやつは帰れ!」と、言われるであろうことを想定して、言われる前に、行かないだけだから、むしろ健全だ。
また、一緒に働く同僚に、しょっちゅう休む子がいたら、それはしめたもので、その子に快く貸しを作って、その子が気兼ねしなくても済むように、私もちゃんとサボるのである。
人間、持ちつ持たれつ。
私のような人間を、主人のような者が見れば、きっとムカつくに違いない。
でも、そこでムカつかなくて済むように、ちょっとサボればいい。
家内として、そんなサジェストを主人にしてみるが、結局、今の仕事は、手を抜いたツケが全部自分にまわってくるのだと、主人は言う。
…仕事を一人で上手に切り盛りできてしまうのも、皮肉なもので。
ならば、その仕事から、主人がいなくなれば、上の人間もてんやわんやでエラいことになって、ひっくり返ることだろう。
ひっくり返してしまえ。
アホバカ社長も、ハナクソみたいなお客さんも、主人の抜けたところで忙殺されて、命を落としてしまえ。
どうせ、野垂れ死にの覚悟はできている。
まだ元気があって、健康をとり戻せるうちに、辞めればいい。
元気でなければ、次に繋がらない。
主人に遺体で家に帰ってこられても、その後の私の人生、アホバカ社長を訴えて、裁判で慰謝料を請求するとしたら、まだこの先、アホバカ社長と関わらなければならなくなる。
ああ、しんど。
~会社はバカでも作れます。それがとっても迷惑です。
クソアホバカオナニー社長の意図は見え見えだ。
四十路過ぎのこやつの会社は、従業員は10人にも満たない、設立年数10年に満たない。
事務員でも雇えば、期日に給与明細も届くであろうに、いつも給与明細は何ヶ月も経ってから、まとめて送られてくる。
マトモに事務処理もできないアホが、事務員を雇う「カネをケチる」始末。
こやつ、事業を立ち上げて、自分だけがっぽり儲けて、事業の見通しが悪くなれば、金が焦げ付かないうちに会社を潰して、自分だけがトンズラしようという心構えなのだろう。
そして、自分だけががっぽり儲けるために、私や主人から搾取しているのだ。
…つまり、バカでも会社を設立できる昨今、モチベーションの低い、モラルを知らんアホが、次々にこのクソアホバカオナニー社長のように会社を作って、日本を潰す気なんだよ。
そうして、この先、日本は終わる。
「景気回復」という上っ面だけをお好みになる、ウンコブルジョアの方々が好みそうな、東洋経済もエコノミストもプレジデントもダイヤモンドも、そこらへんのこと、わかってはるんやろか?
…あのどうしようもないクソアホバカ社長は、あの頭の悪さで、よくも“社長”を気取れるものだ。
厚顔無恥とはこういうことをいうのだ。…と、四字熟語を出してきたところで、クソアホバカには理解はできないだろうがな。
しかし、それにしても、主人と離れ離れの2年間。
引越しの時からして、移転先が間違ってるやろ。
バカにならないであろう、そんなにホテル代を払いたかったのか。
あのホテル代を払うぐらいだったら、私らに一軒家でも買い与えろよ。
ムダ金使って「コスト削減」?…オナニーも大概にしろよ。やりすぎで、また更に頭悪くなってるぞ。
…この、主人と離れ離れの2年間の落とし前に、クソアホバカ社長は、どうして私の前に卑屈な姿で土下座して、頭を下げにやって来ないかなぁ。
来たらその時は、普段履かないピンヒールでも履いて、土下座して這いつくばった瞬間に、踵落としをお見舞いしてさしあげるのだが。
そして重ねて、ヒールの踵で後頭部をグリグリ、ニジニジと踏みにじってやるのだがなぁ。
そうすれば、クソアホバカのオナニー癖も、多少は治るかもしれんのに。…
~…そうか、騙されとった
冬場の光熱費のことを考えると、頭が痛い。
頭が痛いといえば、テレビで教育問題の討論の番組をやっていた。
日本教育再生機構のブレーンとかいう、これまた見事なウンコブルジョアジーの「先生」が出ていたが、これが教育を再生させようというのだから、…世も末だ。
飛び級制ならいいことだと思うが。…
現在のような日本の教育の現場に、「教師に」競争原理を「まるごと」取り入れたら、多分怖ろしいことになると、私は考える。
そんなもんを今、マトモに取り入れたなら、この先日本は性格の悪い人間ばかりのドロドロの悪の巣窟になるだけだろう。
授業なんか聴かんでも、生徒は教師の「人間性」から学ぶものさ。少なくとも私はそうだった。
私の高校の頃も、「進学校」として、教師の現場に既に競争原理が働いていた。
校長が仕組んだことだったんだろうけど、あれは、ロクなもんじゃなかった。
生徒をやっていて、何かシラケた。
「先生、もっと私たちのこと、考えて下さい。」
って、もしも生徒が言ったところで、この先もっと意味の無いセリフになるんだろうな。
教育の現場以前に、日本の崩壊した倫理をどうにかする気が無かったら、…ていうか。
今気づいた。
そうか。
日本にこの先、倫理も道徳も根付かないことを想定した上での、日本教育再生機構だったのか。さすが、ブルブルウンコさんたちだ。
私は騙されとった…。
「共存共栄」「弱者共存」「不用の用」、…このあたりの言葉、多分この先、死語になるぞ。
経済の預貯金など、数字の上で「国」が存続すればいいだけらしい。
日本は、数字だけの国になるのだ。
数字に貢献できる人間以外の者の、人間としての営みは、この先ないらしい。
そう、「数字的にみて美しい国へ」と、ウンコさんたちは目指しておられるのだ。
…それで日本に生きていても、確かにあまり意味は無いな。
~想定の範囲内ですから
教育基本法の改正案が、充分な審議がなされぬままに、強行採決されたそうだ。
まぁ、ハナからこんなことだろうとは思っていた。
ウンコブルジョアジーらが、非常に「美しくない」ことをお好みになるのは、今にはじまったことではないし、私は“国”が何かをしてくれる、とは元来考えていない。
ダライ・ラマも、一生を賭けて「対話の重要性」を説き続けているけれど、対話しようにも、相手が「話を聞かない」ものだから…、と昔嘆いておられたのを思い出す。
「人の話を聞かない」ってのは、最強だ。「話にならない」のだから。
さて、このように日本は、ボロボロと崩壊しようとしている。
アマテラスも、天の岩戸にお隠れになった。
この先の子らに待つ未来の日本は、『北斗の拳』で見た、あのような世界なのかもしれない。
私は、ケンシロウぐらい強く、優しく、厳しくならなければ、この地球で生きて幸せにはなれないだろうと、真剣に思っている。
初めて就職した会社は、先物商品の情報を提供するアヤしい会社だった。
先物商品とは一体何なのか、ということを全く知らずに入った会社で、ひたすら大豆や天然ゴムなどの売り買いの値段を入力していた。
たまに、ドスのきいた声で罵声を浴びせるような電話が、会社にかかってきたていたそうだ。
「この世界は深入りすると危ないわよ。」
などと、経理のオバちゃんが言っていたので、まだ若かった世間知らずの私は、何も知らずに過ごそう、と思って働いたものだ。
だから、未だに先物の何たるかについては知らぬままだし、特に興味もない。
しかし、とても興味をそそられた話が一つある。
会社の忘年会で、酔った社長の隣の席に座らせていただいた。
酔って顔を真っ赤にした社長は、何かと溜め込んでいる文句も言い、まだ世間知らずだった私は、その社長の様子を面白おかしく見ていたものだ。
先物で取引される商品は大豆、小豆、砂糖、天然ゴム、繭糸、毛糸…などだったと思う。
他にコーヒーや石油なんていうのもあるとか無いとか、この会社では、わけのわからない数字の羅列しか見ていなかった、私の知る限りではない。
しかし、自分のやっていることがあまりにもわからないこと過ぎて、酔った社長に、勢いで、
「先物って、何なんですか?」
酔った社長は、私に懇切丁寧に先物について、その面白さ、奥深さについて教えて下さったが、とにかく当時の私には難しすぎて、尋ねたはいいが、結局のところわからずじまいだった。
しかしどういう話の成り行きでだったか、社長の口から“白小豆”という言葉が出てきた。
先物の「穀物」担当のオジさんも、“白小豆”という言葉に耳ざとく反応した。
“白小豆”というのは、私は「栗まんじゅう」の中などに入っている、白いアンコの材料かな…と思っていた。
すると「穀物」担当のオジさんは、
「バカを言うな。白アンなんかに“白小豆”を使うもんか。白アンの材料はバタービーンズといって、東南アジア原産の粗悪な豆だよ。」
「じゃあ、白小豆って何なんですか?」
社長が“白小豆”を説明して下さった。
“白小豆”とは、その名の通り白い小豆で、岡山と北海道の一部と丹波の一部で、ごく僅かしか生産されておらず、納品されるのも、限られた高級和菓子屋のみで、一表7~8万円もする、超高級食材だ…と。
あまりのマニアックな情報に、私は感動した。
「そんな凄い白小豆の和菓子があるなら、一度食べてみたいですねぇ。」
と、何の気なしに私が言うと、社長は、
「バカを言え。白小豆のモナカなんか食うたら、ほっぺた落ちて無くなってしまうぞ。しかも、今のあんたの給料ぐらいで手に入るモナカや無い!!!」
…“白小豆”というものが一体どんなものか、興味は尽きない。
しかし、今もって甲斐性無しの私は“白小豆”の和菓子に出会ったことも、食したことも無い。
今年もクリスマスは一人だ。
多分、元旦も一人だ。
去年もそうだった。…
主人が会社に「辞める」と言って、一ヶ月経つ。
法律では「辞める」と言ってから14日すれば、辞めて帰って来られるはずだが。
初年度のボーナスが少ないのは、わかる。
しかし、二年目の今、初年度の金額と変わらないのは、なんかおかしい。求職票に謳っていたことと違う。
主人が社長に、ボーナスの金額の理由を訊くと、「貢献率ゼロだから」という答えが返ってきたという。
おかしな話だ。
主人があれだけ頑張って、私らがこれだけ犠牲を払って、「貢献率ゼロ」?
二年経った今、「貢献率ゼロ」なら、それは「頑張ってもムダ」という答えではないのか。
ここまでやってこれなら、主人が悔しいのもわかる。
だから主人に、「辞めて早よ帰って来い」と、私は言った。
確かに、主人がこの先転職するには微妙な年齢ではある。しかし、このまま続けて身体を壊してしまえば、更に立ち直りが難しい。
そして、若干の希望は、来年度は団塊世代の一斉退職で、求人が増える可能性が高い。その波に乗っかれないとはいえない。
最悪、仕事が見つからなかったとしても、非道なウンコらの経済活動に加担して搾取されるよりも、野垂れ死んだ方がマシというもの。
「貢献率ゼロ」の社員なんて、居なくたって大丈夫。
…のはずが、主人はクソアホバカ社長や元請けから引きとめられまくって、年末年始は帰ってこれなさそうなのだ。
「貢献率ゼロ」を、なんで引きとめるんだろう?
「君がいなくなったら、困る!」
????
あれ?
もしかして、うちらをバカにしてる??
都合よく利用しようとしてる???
何でも、主人にしか覚えられなかった、難しい機械の操作があるらしい。
つーか、そんなもん他2~3人ぐらい知っとけっつーの。
主人が死んだら、その時は他誰も使われへんねやんけ!!!
何が仕事じゃ!マジメにやれ!それで主人が「貢献率ゼロ」なんかよ!!!バリバリ貢献してるやんけ!!!!
ふざけんな!とは、正にこのこと。
アホ過ぎる社長と元請けとお客さんの支配者階級は、全員クリスマスを家族で祝うことを禁じる。
連中がクリスマスケーキ食ったなら、食中毒で瀕死の悶絶で七転八倒しますように。
並びに、連中が家族揃って新年の慶びを祝うことも、固く禁じる。
里帰りするな!おせちと雑煮を食うな!初詣に行くな!願掛けするな!年賀状貰うな!
バカンスに行きやがったら、呪い殺すぞ、ボケめ!!!
そうして私は一人、年末年始も味噌と少しの野菜を喰らう。
…
新年から、朝日新聞に『ロスト・ゼネレーション』という連載があった。
「まじめ 壊れる心と体」と題された第10回の記事の内容が、けっこう他人事ではなかった。
32歳の自殺した夫は、自宅から200キロ離れた他県に長期出張。
持ち前の責任感の強さと、中途採用のプレッシャーが、彼を追い込んでいった。
彼の後輩は出張先から消え、同僚は体調を崩し、上司は抑うつ状態で、周りが次々と過労で倒れる中、その分、彼の仕事量は増えた。
「転職しようかな」と彼はメールで弱気を吐き、妻は「私も働くからいいよ」と応えた。
夫の身を案じた妻が、夫の出張先に向かおうとした時、いつものメールの返事が来なかった。
頑張ることを求められ、まじめに頑張ったあげくに、彼はつぶされた。
この記事で違うのは、夫の年齢と、まだかろうじて、私の主人は「生きている」ところぐらい。
他の事情が全て一致する。
どうして、こんな「仕事」のやり方が世の中に横行しているのだろう。
まじめに頑張ったら「死ぬ」らしい。
これが日本の真理で、日本の美徳なのだろうか。
ならばそれは、褒められたものではないんじゃないか。
私は年明けに、バイト先から提出を求められた身上確認書の、「夫」の職種を記す欄に「求職中」と記した。
主人は、死ぬ前に「逃れる」決意をした。
搾取される暮らしにしがみつくよりも、路頭に迷い、いざとなった野垂れ死ぬという選択の方が、この場合、清清しい。
今尚、自分の老後の蓄えのために搾取を続けるウンコブルジョアの、家の庭先ででも、私は野垂れ死ぬことにしよう。
もう会社を辞めているはずの主人は、まだ会社を辞めていない。
なぜか。
「君がいなくなったら困る!」
と、元請けのお客さんに激しく引き止められ、不必要なほど親切にされており、未だ身動きが取れず、次の一歩に踏み出せない。
…「貢献度ゼロ」で、ボーナスが殆ど無かった人間を、なんでそこまで引き止めるんだろう?
ということで、クソアホバカオナニー社長の下した評価が、彼奴らしく“クソアホバカオナニー的評価”であったことが明白となった。
そりゃそうだ。
はっきりぶっちゃけさせて頂きます。
うちの主人は、「デキる子」なんです。
だから、クソアホバカオナニー社長の下した不当な評価に対して、全財産を投げ打って“ゴルゴ13”に仕事を依頼したいほどに腹が立つのです。
クソアホバカオナニー社長の血族が、うちの「デキる子」からピンハネ搾取した金を1円でも使って贅沢しようものなら、彼奴らの身の上に即座に怖ろしい災いが降りかかるようにと、日夜呪う程にも、妻である私は腹を立てているのです!!!
これは、「然り」と言わねばなりません。
ここでアブラを売っていても、時間が勿体無い。
本来なら、うちの主人は新たな職を求めていなければ、我が家は明るい未来へと繋がらない。
なので、元請けのお客さんが主人に対して、小躍りして喜ぶほどの、すこぶる良い条件を提示できた場合のみ、クソアホバカオナニー社長の会社を替って、別の会社で、引き続きうちの主人は同じ仕事を続けることになる。
「よほどのいい条件でない限り、絶対この仕事を引き受けてはならない。」
と、私は主人に言った。
主人が最終決断を下すまで、私も宙ぶらりんの日々が、まだ続く。
「今日、僕は死んだ。」
と、滅多に呑まない酒に酔い潰れた主人は、『火垂るの墓』の冒頭の清太少年の台詞をパクってから、泥のような眠りに就いた。…
…
ややこしい話になる。
主人の車は、会社の車だった。
その車は、クソアホバカオナニー社長が、我が家ごと田舎に引越させたので、通勤用にと用意した車なのだと思っていた。
しかし、クソアホバカは、
「あの車は、出張の時に使ってもいいが、通勤には使うな。」
と、主人にメールをよこしてきたそうだ。
私は一度だけクソアホバカと電話で話したことがあるが、その時、
「ご主人の通勤用に、車買いましたから。」
と、彼奴が言ったのを記憶しているのだが…。
これまで、主人に対して交通費の支給は無く、今まで車の整備代もガソリン代も、全て主人が払ってきた。
なのに、アパートの駐車場代は「会社で払う」ということで、現在、空の駐車場がアパートの前に横たわっている。
アパートから主人の勤務先までは、車でおよそ40分。しかもそこは、電車の通っていない山奥である。
…意味がわからん。
主人が辞表を出してから、既に4ヶ月以上経っている。
本来なら、主人は既に、会社を辞めていてもいいわけだ。
しかし、元請けのお客さんから、激しく引き止められており、未だ退職が叶っていない。
更に、元請けの手前か、それともうちの主人が大きな金ヅルに見えるためか、クソアホバカオナニー社長までもが、今尚主人を激しく引き止めているらしい。
…???
激しく引き止めるクソアホバカが、なんで通勤できないように車を取り上げるのか、意味がわからん。とりあえず、理由を推測してみるに。
マトモに理解すれば、これはクソアホバカが主人に対して行う「いじめ」以外の何者でもない。
要は、「辞める」と言っているのに、今だに客先に引き止められてどっちつかずの主人が、クソアホバカ自身が気づかない彼奴の無意識の中では、実は目障りなのかもしれない。
それで、「辞めないでくれ」と言っている口先と裏腹に、無いと困る車を奪うという、大人気ない行為に及んだ。…
と、これ以上の推測は考えにくい。
車をクソアホバカに奪われた日、主人は客先の人の好意で送って貰い、なんとか帰宅することができた。
主人は、客先に迷惑を掛けまいと、今まで義理人情で残って働いていたが、クソアホバカのあまりの仕打ちに打ちひしがれ、その夜はボロボロになって帰宅した。
その有様を見て、私は、
「2~3日は、死んだように眠れ。明日は仕事に行くんじゃない。」
と、廊下で潰れた主人に、布団を掛けた。
蝮の末よ…!
ここまで主人をコケにするとは、クソアホバカオナニー社長の恐れ知らずも、見下げ果てたものだ。
2年間!━━2年間も私たち夫婦を、何の前置きも説明も無しに、離れ離れに引き裂き、私たち夫婦の出産の機会を潰し、少子高齢化を推進し、己の目先の欲得のみに心を奪われ、更にここまで主人をコケにする、クソアホバカの蝮の末よ。
経営者が人間を大切にしないことが、どういうことになるか。
おのれ、今に思い知るがいい!!
主人が泥の眠りに就いた後、私の怒りは冷めることなく、その夜は一晩中、私はクソアホバカを呪い倒した。
私をも不眠症にした、この心身の苦痛をば、いかにせむ。
彼奴を確実に呪う。
我が家から金と時間のみならず、繋がる命まで貪ろうとした彼奴の血族を、最期の血の一滴まで、確実に祟る。
我が家に呪いを送り込んだクソアホバカオナニー社長に、送り込まれた呪いの全てが返って行け!
彼奴の仕出かした悪事の全てが、彼奴の元に返れ!
念彼観音力。還著於本人。…
…
深夜2時。雷がゴロゴロと訪れた。
私の怒りの叫びを、神様が心に留められた。
翌朝、外は今年初の大雪となった。
電車も車も、交通機関が全て滞っていた。
翌日、主人が仕事を初めて休んだ。
一日中、ひっきりなしに、元請けとクソアホバカから、主人の携帯にメッセージやらメールやらが止むことが無かった。…連中、アホだなぁ。通勤の「足」が無い上、大雪の悪天候で、主人が仕事に行けるわけ無いだろう。
クソアホバカに至っては、自宅用の留守電にまでメッセージを吹き込んでいやがる。そんなことをされたら電話機が傷むじゃないか。
私は電話線を元から抜いて、身も心も疲れきった主人を寝かしつけてから、パートに出掛けた。
大雪の中、歩いて15分のパート先に着くと、職場の人は2人しか到着していなかった。
その他大勢が、大雪で足止めを食らい、先に進めない状況らしかった。
なのでその日は、職場に運良く到着できた人らと雑談をして過ごした。
「ああ、今日の大雪は、私が昨晩一晩中、呪いをかけていたから…。」
などと、私は主人と私の身の上に起こった一部始終と、クソアホバカのオナニー経営者振りを、職場に運良く到着できた人らに語りつくした。
皆んな、楽しそうに私の話を聞いてくれた。
「今日、私がこんなことを話したのは、全部、工作活動だから。」
と、私は皆んなに宣言しておいた。
私の話した話を聞いた人らが、「知っている人に、こんなことがあって…」と、雑談で吹聴してくれるのは、願ったり叶ったりであると。
…たとえ、この雑談による「工作活動」で、彼奴が「名誉毀損」などと私を裁判で訴えたとしても、こちらの被った心身の苦痛を列挙すれば、私は裁判で負ける気がしない。
万が一、そんな裁判があって負けたとしても、この日の大雪を見れば、確実に彼奴に呪いはかけられるであろうという自信が、私にはある。
そんなこんなでパートの勤務時間を終えてから、私は、まっすぐ帰宅せずに、一人でカラオケBOXに行き、クソアホバカオナニー社長に万が一出会った時、彼奴を上手に罵倒できるよう、“罵る用”の台詞を噛まずに言う訓練を繰り返し行ってから、帰路に着いた。
帰宅すると、クソアホバカオナニー社長が、主人の携帯に「すまなかった」とメールをよこしてきていたそうだ。…彼奴はよっぽどこっぴどく、元請けのお客さんに叱られたようだ。そうでもなければ、そんな言葉をメールにしたためるような輩ではない。
しかし、何が「すまなかった」のかは、主語が抜けているからよくわからないので、そのメールは放置。
つーか、主人だけでなく、私のところにも土下座しに来やがれ。
誠意の無い人間の謝罪など、形だけに過ぎないものだから、信用してはなるまい。
「あの車は、出張の時に使ってもいいが、通勤には使うな」とは、遠まわしに、「通勤用の車ぐらい、自分で買え」ということか?
車を買えるほどの給与も賞与も支払わずして、何を抜かすか。
元請けから支払われている主人の交通費すらピンハネして、そのようなことを抜かす汚い口は、その口かッ!
お前のところの会社と手が切れないから、主人は次の職を求めることができず、車を買う月賦を組むこともできないのではないか。
貴様のところの会社に在籍しているせいで、みずほマイレージクラブカードの審査にも通らなかったのではないかッ!!
電話線を使ってうちの電話機に、貴様のクサい息を吹きかけるな。キモ過ぎるぞ。
…
ようやく、主人が仕事をドタキャンする勇気を搾り出したところで、クソアホバカも客先も、主人から手を離し、主人を自由にしてくれるものだろうと思っていた。
確定申告に行って、世の中には“現金主義”という言葉があることを知った。
青色申告をしている人が、何やら大声で「現金主義!現金主義!」とのたもうておられるので、「イミはわからないけれど、もの凄い思想だなぁ…」と思っていたら、何でも「現金主義用」の申告の用紙があるらしい。
私も一度、
「私は現金主義です!」
とか言ってみたい。
なんか凄味があるから。
確定申告で、申告書の提出をあまり期限のギリギリにすると、忙しすぎる署員たちがキレ気味で相手をしてくれないので、私はなるべく2月中に申告することにしている。
ちょっと計算してみたが、今年は定率減税が昨年よりも減っているので、還付金も冷蔵庫が買えるほどの金額にはならなかった。
この調子で、この後は確定申告する度に、ますます国民の怒りが蓄積されていくのだろう。
しかしここで、みんなが怒っているからといって、調子に乗って怒りはじめるウンコブルジョアらに関しては、その怒りはお門違いというものだ。
金持ちならば「喜捨せよ」と、唯一の神・アッラーが仰っている。
さて今年、税務署に行ってみると、昨年と何だか様子が違う。
タッチパネルの機械の台数が減っていた。
…こんなに機械を減らして、期日の直前に押し寄せる納税者を、さばききることができるのだろうか。
と、署員に理由を訊くと、
「『e-tax』をもっと普及させたいから」
というのが、どうやら機械を減らした理由らしい。
「e-tax」を普及させて、電子政府を実現するため、などとパンフレットに書いてあった。
“電子政府”…、凄い言葉だ。
「ワレワレハ コクミンノ コクミンニヨル コクミンノタメノ…」
みたいなことをほざくアンドロイドが国の中枢にいるような、SFチックな妄想を描いてみる。
「e-tax」とは、申告も納税も自宅からインターネットで行う「電子申告」のこと。
便利なようだが、事前の手続きや開始届の提出などが必要で、「e-tax」の説明を訊けば訊くほど、私には必要ない、と思えてしまうのだった。
それに過日、外務省だったか、確か莫大な予算を使って整備したんだろう、パスポートの電子申請が、利用者が少ないので廃止になった。
…そのことを考えると「e-tax」も二の舞を踏むような予感がしてくる。
国税庁は、自分で自分の首を絞めているような。…
と、署員に言うと、
「…そうならない為に、『e-tax』を普及させたいのです!」
という答えが返ってきた。
まぁ、署員の方は「ワシもそう思う」とは、口が裂けても人前では言えまい。
しかし、「e-tax」の整備の費用もまた“血税”である以上、それがムダにならないように、税理士らに申告をお願いするようなウンコブルジョアらはもちろんのこと、ただのお金持ちも、「e-tax」を利用して、電子政府の実現に協力すべきだろう。
これでもう、クソアホバカも元請けお客さんも諦めるだろう。…
ところが、客先の「交渉術」の“達人”が、ここまでやっても、まだ粘るのだった。
「(クソアホバカオナニー)社長抜きで、自分とサシで話をしましょう。」
と、うちの主人にメールをよこしてきた。
…そこまでやるか?
“達人”はこの4ヵ月の間、良さげな条件をチラつかせながら、ずっと主人を説得し続けていたそうだ。
交渉術とは“粘り勝ち”らしい。
「ここまでするか!」と思わせるほど粘り、情熱と誠意を見せまくるのが、交渉を成功させ、企業を大きくする術なのだそうな。
しかし、だからと言って、クソアホバカが我が家にもたらした甚大なる身体的・精神的苦痛を、“達人”だからとていかにせん?
元請の“達人”の貴様らが、クソアホバカを野放しにて飼い慣らした結果が、この有様なのではないか?
そして、クソアホバカに車を奪われた以上は、主人が車で40分の山奥に通勤することも適うまい。
すると“達人”は、“達人”の自腹を切って、主人の通勤の「足」を用意しようとした。
…いや、そこまでするなよ。
何でそんなに引き止めるの。
…
そんなこんなで、未だ、主人は退職できていない。
そうして。
「交渉術」の“達人”が主人に紹介した会社も、ウンコだった。
クソアホバカオナニー社長と目クソ鼻クソのウンコ社長だった。
ボーナス無しの時給だと抜かしやがる。
例えば。━━遠方の工場の機械のメンテナンスに往復4時間かけて出かけて、2時間修理すれば、その日の給料は2時間分…。━━
いくらなんでも、ふざけすぎだ。ヘソが茶ぁ沸かす。
劣悪な雇用条件を最初に明かしたところは、まだ目クソ鼻クソの方がマシだったかもしれない。
しかし、こんなところで働いていたら、生命の時間が勿体無い。…
私らはここまでやって、ここまで犠牲を払って、ここまで尽くして、それでここまで馬鹿にされるか。
「交渉術」の“達人”が、下らない“粘り”を見せて、ここまで主人を引き止めた理由が何だったのか、理解しかねる。
そして彼奴が紹介した会社が、なんでこんなウンコなのかも、理解しかねる。
…てめえは、お気楽だよな。
うちの主人が貴様らのボーナスを稼いでくれば、それでいいんだろうな。
オイシいようなウソを私らの目の前にちらつかせて、ムダに引きとめられたせいで、また、私ら夫婦の生命の時間が浪費した。
我が家から搾取したあらゆる幸せを、銭の形でこそぎ取って、貴様らの会社はクソ生意気に、町の一等地に豪華な社員寮をおっ建てる。
下請け会社の社員の住めないような、豪華な社員寮で、貴様らは格安の家賃で、しこたま貯金を膨らして、豪華な暮らしをする。
私らを、殺す気か。
私らを、殺す気か。
オノレらさえよければ、それでいいのか。
オノレらさえいいことが、そんなにも、いいのか。
貴様らが死んだ時、その魂の姿は、人の形をしてはいまい。
結構なことだ。…
職場でやる、朝のラジオ体操の時、いつも思う。
自閉症のK君は、身体を動かすことが好きで、パラリンピックの選考会なんかにも出場するそうだ。
彼は朝のラジオ体操の時、きらきらと満面の笑みで、見ている方がなんだか嬉しくなるようなラジオ体操を披露する。
実は私も、彼ほどのラジオ体操をしたいのだ。…
私は、汗をかくほどに、一生懸命ラジオ体操をしたいと思う者だ。
きっちり身体を伸ばして、清清しく仕事を始めたいと思う者だ。
だから、ラジオ体操を周囲がちんたら適当にやるのが、とても腹立たしい。
しかも、管理職以上の人も、恥ずかしそうに、あんまりきっちりと体操をしないのが、更に腹立たしい。
こんなに不真面目に体操をやるんだったら、ラジオ体操の音楽なんか流さなければいい。
ちゃんとラジオ体操したいと思う、私の気持ちはどうなるのだ。
そして、私がきっちりきれいに美しくちゃんと体操をすると、「変な人」という目で見るのは、更にどういうことだ。
つまり、近年流行った「空気読めよ」ということであるならば、ラジオ体操はちんたらやるのが正しいということなのか。
そんなムダなラジオ体操を、やる意味はあるのか。
そして、みんなの両手がぶつからない程度のスペースを確保できない狭い場所で、ラジオ体操を日課にするっていう、会社サイドの方が頭おかしいんじゃないのか。
なんなんだ、まったく。この世の中は。
6年近く前、私がまだ20代半ばだった頃。
ISOを高らかに謳う、環境ビジネスの会社で、決算シーズンに報告書作成のアルバイトをした。
多忙な業務もつつがなく片付き、末日の〆日、ちょっとした宴会が催され、アルバイトの私もその席に呼ばれ、直属の上司の上司と、そのまた上司が座っている席に、何となく座った。
テーブルの上にはオードブルが並び、ビールと日本酒が供された。
その時も貧しい自活フリーターだった私には、ありがたいことには違いなかった。
乾杯の号令のあと、わいわいと会食する中。
オードブルの苺が、テーブルの上に転がった。
その苺を、そのまた上司が指差して、直属の上司の上司に、
「お前、食え。」
と、命令した。
その光景を目の当たりにした、アルバイトの私の目が、カッと見開かれた。
次の瞬間、その転がった苺を手で掴んで、口の中に放り込んだのは、私。
そう、直属の上司の上司の気持ちが、あまりにいたたまれなかったのだ。
「いい大人が、自分が食べないこんなものを、よく平気で人にすすめられるものですねぇ。」
と、私はそのまた上司に、言った。
まるで竹中直人の“笑いながら怒る人”のように。
…そのまた上司をこんな根性のクサい人間に育てた、母親を呼んで来い。あんたは、あんたのバカ息子に、きちんと食事に躾を、されたんですか、されなかったんですか?
そのまた上司も、直属の上司の上司も、いい歳のオっさんなんだ。
情けないやらアホらしいやら。
そんな光景が一瞬、宴会の場面を凍らせたのだが、会社というのは、そんなとんでもない出来事を、まるで何事も無かったかのように、なぁなぁで流してしまう場所なのだ。
私のごときアルバイトふぜいに、嫌味をぶちかまされたそのまた上司は、終始無言になった。
その後の私の人生で、そのまた上司は、クソ上司のまるごと生きた見本となった。
彼奴が反省したかしなかったか、それは私にまでは伝わっていない。
退職日の前日、元請けの部長に主人は呼び止められた。
「彼(クソアホバカオナニー社長)を、恨まないでやってくれ。」
…そんな無理を言うたら、いかんよ。
帰宅した主人は、明日返却する作業着を洗ってアイロンをかけていた。
「明日までに乾くかなぁ。」
…生乾きで返してやれ。
ついでに、作業着の裏にマジックで「俺、参上!」とでも書いておけ。
生乾きの洗濯物の臭いに、連中、泣いて謝ってくるかもよ。
「すまん!もう一回洗濯しなおしてくれ!」
などと。
…
明日が終われば、主人は自由になる。
自由になる代償に、我が家の先行きは、定まらぬまま。
元々、自由というものが、そんな不安定の中で実現するものだとすれば、私たちは最も自然な「自由」の状態に戻るとも言える。
…しかし、言うのは何とでも言える。
クソアホバカオナニー社長に雇われた直後に語っていた夢が、今頃実現していたならば、私たちの間には、よちよち歩き始めた子供が、いたんだろうなぁ…。
経営者には資格が要るだろう!
まったく、これだよ!
資格、資格って言うんだったら、社長になるのにも資格を与えればいい。
社長になる人間に、道徳とモラルをしっかり身につけさせてから、経営者・社長検定4級からはじめればいいんじゃないか?
━━
主人は現在、完全に失業の状態にある。
しかし。
クソアホバカオナニー社長が離職票を送ってこないので、主人は失業給付の受給手続きができない。
彼奴め。
…マジで死んでくれないかなぁ~~~。
こういう性根から腐ったウンコ野郎が人間を雇えるって、世の中おかしいわ、やっぱ。
社長検定4級以前のクソアホバカオナニー社長は、本当に信じられないことをする。
私共々、一家まるごと餓死させたいらしい。…まあそれならそれで、野たれ死ぬ時は、彼奴の庭先に入り込んで死ぬから。
死人の出た気持ちの悪い豪邸は、価値が下がり、住み続けるには気味悪かろう。その上、彼奴が守るべき家族すらも、後ろ指をさされて過ごすことになるだろうさ。
…
こういうクソアホバカのウンコブルジョアを眺めていて、私は思う。
自分の行いが、どんな影響を及ぼすか。しっかり想定して行動することは大事なことだ、と。
目先の金のために、人間の崇高な魂を穢して生きる人生とは、一体何であろうか。
このクソアホバカオナニー社長のように、何も考えずに衝動的に生きていたのでは、恐らく生きることに価値すら見出すことはできない。
彼奴は“ある種”の、生きた見本である。
主人が市役所に、国民健康保険に切り替える手続きをしに行く。
クソアホバカオナニー社長が離職票を送ってこないので、市役所の人が、退職日の正確な日時を確認するために、クソアホバカオナニー社長に電話するが、繋がらない。
後日、再度確認を取る、ということで、その問題はひとまずそこで置いておく。
しかし、後日になっても電話が繋がらない、と市役所の人が言う。
仕方なく、現在、家には健康保険証が無い。
クソアホバカオナニー社長が離職票を送ってこない問題を、主人は職安を経て、労働監督基準局に持ち込む。
色々と調べてみるも、給与からは社会保険料が引かれていたにも関わらず、雇用保険をかけていたという実態が見当たらない。
主人は労働監督基準局で「個別労働紛争の解決の促進、云々」と書かれたパンフレットを渡された。
パンフレットの中には「あっせん申請書」があった。
要は、労働監督基準局が、民事裁判の仲介をしてくれるようだ。
まずは、主人が働いた最後の月の給料の入金を確認して、給与明細が送られてきた後、収拾がついていなければ本腰をあげねばなるまい。
そして数日後、働いた最後の月の給料を確認したところ、入金は無い。
賃金未払いである。給与明細すら送ってこない。
当然、離職票もまだ。
遅い。
遅すぎる。
そして、あれから更にひと月が経った。
それでも、主人の離職票も最後の給与明細も、送られてこなかった。
主人は次の職探しに奔走している。
主人は、クソアホバカオナニー社長に手紙を書いた。
手紙の原本とコピーに割り印を押して、クソアホバカオナニー社長に送った。
しばらくして、クソアホバカオナニー社長も、主人のマネをして、割り印を押した手紙を返してきた。
…彼奴は、割り印の意味とか使い方とか、絶対わからずにやってるよな。
すんなり離職票と給与明細を送ってくれば済む話なのに、何だかまたわけのわからないことをクソアホバカはのたまっている。
『白ヤギ黒ヤギ』か。
仕方がないので、再び主人が彼奴に手紙を出そうとしていると、
「メールでいい。」
と、クソアホバカがメールをよこしてきた。
この、ウンコ野郎め。
「失業保険、まさか使うと思ってなかったから、払ってなかった。」
クソアホバカの言い分が、これ。
主人の給料から社会保険料を引いておいて、それで「払ってなかった」ということは、つまり
ネコババしとった、
ということだな、これは。
失業給付を貰う前に仕事が見つかって、結果、私らが失業給付を受けなかったとしても、その先の雇用保険の継続の可能性もあるから、雇用主側は当然、これは
「払ってなかった」は違法
なのだが。
多分そこのところに、労働監督基準局の軽いジャブが入ったのだろう。
今、慌てて、クソアホバカは未払い分を納めるなどの手続きをしているらしい。
…しかし、じゃあ。
主人より前に辞めていった人々らは、一体、どうしておったんだろう。
まさか、泣き寝入り?
また、最後の月の給与が支払われていないことについて。
「転勤の際に払ってやった敷金を、返してもらう。」
という言い分を、クソアホバカは成立させたいらしい。
…私らはこのクソアホバカに騙されて、無理からに辺境の地まで移動させられて、そして2年間も夫婦は離れ離れで、挙句、主人は命まで落としそうになったというのに。
しかしまぁ、敷金は基本、今のアパートを出る時に返ってくるものだから、100歩譲って、敷金分を彼奴に取らせてやったとしよう。それで最後の月の給与の手取りが、差し引きゼロだったとしよう。…それでも、最後の月の給与明細だけは出るはずなのだ。
だって、就業した実績があるわけだし、所得税も社会保険料もかかっているのだから。
もしかすると、クソアホバカオナニー社長は、最後の月の給与を支払わないから「明細は出さなくてもいい」と思っている?
…その可能性は、大だ。
だってあいつ、アホだから。
それにしても、あらゆることが遅々として進まない。
遅い遅いといっても、役人の仕事ですらもう少し早い。
いよいよ私は、私の名前で、クソアホバカオナニー社長に、ハガキで催促することにした。
こんな恥ずかしい内容の文面が、封書でなく、ハガキで送られてくる恥ずかしさといったら、恐らく、通常の人であれば、恥ずかしさのあまりに「きゃー!」と雄叫びをあげることだろう。
しかし、相手はクソアホバカだ。
従業員の家族がしゃしゃり出てくるほどのこの不始末を、「恥ずかしい」とも思わないような“脳足りん”ではあるのだろうが、何もしないよりは、幾分か私の気が紛れるというもの。
「前略」も「早々」も、「不躾」も「乱文にて」も、何にも書いてやらねぇ。
いきなり本文から、どんなアホバカでも読めるような、大きな文字で書き出してあげた。
アホバカでも趣旨がわかりやすいように、大事なところに赤鉛筆で線を引いておいてあげた。
夫の離職票、
給与明細の送付、
手続き等が滞っている為、
私方、あえてお手紙にて
お願い申し上げます。
・離職票
・給与明細
上記、併せて大至急送付して下さい。
尚、19年度分の源泉徴収票も
お忘れにならないうちに、早急に
お届け下さると、幸いに存じ上げます。
私が出したハガキ の回答は、クソアホバカにしては早かった。
もしかして。
あいつ、びびっとるんか?
およそ10日で、彼奴は私が要求した全ての書類を送りつけてきた。
しかも、用も無いのに、平成17年~18年度分の源泉徴収票を「念のため」と言って、付録につけてきた。
「税金はごまかしてないからッ!」
みたいな焦りよう。
私が某かをでっち上げて、国税庁にチクるとでも思ったのかも。
そうだな。あんな内容の文面をハガキで送るような人間だからな、私は。
彼奴としてもウンコのくせに、労使紛争は避けたいらしい。
…こんなことなら、私がもっと早よ出て行って、彼奴をびびらせてやればよかった。
クドクド手こずらせやがって。
やっと、本当に、これでクソアホバカと手が切れる。
法廷での労使間の紛争が、昨今極端に増えているらしい。
全てのウンコブルジョアは、宇宙から出て行け!
宇宙人に迷惑掛けるな!ボケ。
クソアホバカオナニー社長(以下、クソアホバカ)との紛争が、本格的に法廷で争われる場合を想定して、私がクソアホバカから負わされた、精神的&肉体的苦痛を、大まかに整理してみた。
■面接時に「求職票のとおり」と話があったので、それを信じて、主人は真面目に勤めたが、求職票に記載されていた年2回の賞与は、無かった。
■事務的な手続きが、法外に遅かった。
給与明細や源泉徴収票が送られてくるは、いつも常に極端に遅かった。
私の健康保険証も、およそ1年経ってから送られてきた。
その間、私は国民健康保険と二重に支払っていたわけだ。
■転勤の話はあった。出張の話もあった。しかし、主人の出張によるホテル住まいは、3ヶ月~長くて半年ということは聞いていたが、2年も単身赴任のホテル暮らしであるとは、聞かされていなかった。
これ、詐欺でしょ。
■転勤による引越しは、予定の半年以上延期になった。
■引越し会社の見積もりを5社行って、料金を定価の6万円まで値下げさせた手腕は、夫の妻である私の手柄であった。しかし、クソアホバカは私に対して礼の一つも言わなかった。
■引越しの荷造り等、何から何まで、準備は私一人でしなかればならなかった。それなのに、クソアホバカは引越し予定日の4日前になって、引越し会社を決めてきた。
お陰で、引越し会社のダンボールをアテににできずに、私はとてつもない重労働を背負い込むことになった。
■引越しすると、割と金額的に足が出るものだが、そういったものの一切の支払いをしなかった。私に肉体的&精神的苦痛を強いて、クソアホバカだけが主人を働かせて儲けた格好となった。
■そうやって引越した後、私は一人で新居に住まなければならなかった。
主人に会えたのは、2年間で10日、あるか無いか。
故に、妊娠・出産のベターな時期を、我々夫婦は逃した。
ちなみに、クソアホバカには3人の子供がおり、空手を習わせたりしているらしい。
■元請けの無責任お気楽ボケ社員は、自分らがクソアホバカに支払っている主人の仕事の報酬の金額と、主人の手取りの金額の差額の大きさに驚いて、
「あの社長、儲けてるね~♪」
と、笑った。
クソアホバカは主人に払うべき金をネコババして、子供らに習い事をさせているそうだ。
■クソアホバカは通勤のガソリン代を、支払わなかった。
そしてある日など、通勤用の車を、いきなり取り上げて、主人を徒歩で遠い山道を帰らせようとした。
■「アパートの敷金を返してもらう」と言って、最後の給料を支払わなかった。
明細も出さなかった。
■雇用保険を給料から引いておいて、それで「雇用保険、掛けてない」。
■2年間まともな休みもなく、ホテルで暮らして、心臓を悪くし、鬱病寸前で、主人は命を落としかけた。
…元ヤオハン代表の和田一夫が、
「会社に一番重要なものは、人である」
と言っていた。
この言葉を聞いて、クソアホバカだったら何だと答えるんだろうな。
「人である」のところは「俺である」「金である」になるんだろうな。
クソだから。
私は日頃、あまり酒を必要としない。
「忘れたくて、酒を呑む」意味が、わからないから。
私は酒を呑んで、意識を失ったことがない。
ジャブジャブ呑んでメチャクチャやって、泥酔しても、その時自分がしたこと、言ったことを明瞭に覚えている。
なので、「酒の席でのこと」と、メチャクチャやって「覚えていない…」という人の気持ちがわからない。そんな人らは、酒のせいにして、忘れたふりをしているとしか、私の目には映らない。
「呑み会で、こんなこと言ってましたよね。」
と、覚えている私が、「覚えていない…」という人に対して、蒸し返したように話をした時の、相手の反応の虚ろさに、切なさと嫌悪感を感じる。
忘年会シーズン。
会社の呑み会は、参加料が高い。
一人3000円~なんて、ムダ金だ。3000円もあれば、何日生きられると思っているのだ。
しかも、なんでアルバイトや派遣ふぜいの私が、社員様が集う呑み会に顔を出す必要があるのだ。
何かと理由をつけて、いつも断るが、幹事に「お願い!参加して!」と頼まれて、参加料を半額値切って、しぶしぶ参加した呑み会でのこと。
私が呑み会に呼ばれた理由は、こうだ。
会社の“花”である、美貌としとやかさを持つ女史が、「女の子が参加しないんだったら、私、行かない」と言ったから。
私が行けば、“花”もついてくる。
というより、必要なのは“花”だけなのだ。
仕方ないから、虫の役を引き受けてあげて、社員様の支払った参加料で、元出以上を取り返さんとジャブジャブとビールを呑む。
参加したからには、酒を注いで回らねばならない。
フィリピノさん風に「シャチョさん、のむか~?」と言って、偉い人にビールを注いで回る。
そうでもしないと、“虫”だから放っておかれる。“花”は愛でるために、ただ座っていればいいけれど、“虫”はブンブンを羽音を立てておかねばならないのだ。
そうやっていつしか、忙しない“虫”を、素手で捕まえるような奴が出てくる。
酒を呑むと理屈が多くなる上司が、あれこれと議論をふっかけてくるのだ。多分、私を理詰めで説教したいのだと思う。
「ワタシ、フィリピンからきた。ニホンゴ、ワカラナイね~。」
と、大方これで逃げおおせるはずが、
「馬鹿にするな!…しかし、お前は頭がいいな。」
…頭がいい、なんて、高卒モグリのフリーターのワタシの一番弱い言葉に乗せられて、うっかり議論の相手をすることになる。
「お前は、弁証法を知っているか?」
と言われ、「便所の使い方は知っているつもりですが」と酒の席の冗談で答えて、叱られる。
「なぜ、お前はこの仕事をしている。なぜ、お前はこの会社を選んだ?」
「いや…、日銭を得ないことには暮らしていけませんからね。○○さん(上司)は?」
と答えると、
「お前がこの会社を選んだ理由は、何だ!」
と、また叱られたので、「…え、求人が出ていたから」と答えた。
「求人が出ていた?じゃあ訊くが…」
…と、こんな調子で、尋問がしばらく続いた。
実は私は“弁証法”というものを知らなかった。
後年になってバラエティー番組の中で、それがソクラテスが編み出した、相手に投げかける「?」によって、最終的に相手を「YES」と言わせる議論の技術だということを知った。
なぜこの時、上司が私相手に“弁証法”を使いたがったのか。…多分、使ってみたくて、うずうずしていたから、相手は誰でもよかったのだろうと、私は思っている。
ただゝゝ゛この時、私は訊かれてばかりで、私の「?」に上司は一切答えなかった。
思うに多分、“弁証法”を成り立たせるには、議題にも“弁証法”を使う側にも、“道理”が不可欠なのだろう。
導きたい先の答えも大したことのない、ただただ相手を理詰めで屈服させるための道具では、単なる尋問に過ぎない。そうなると相手の気分も害するし、普段の会話で“弁証法”などと、そういう使い方をするのは、非理性的だと私は思う。
こっちが尋ねているのを無視して、「逆に訊くけど…」みたいな対応は、私が最も忌み嫌うものだ。
そうして、どこに辿りつきたい話なのかわからない尋問が延々続く模様に、次第に私も堪忍袋の緒が切れた。
「気分が悪いですねー。○○さん、呑み過ぎですねー。ウローン茶あげましょー。」
と、私は上司のビールにウーロン茶を注いで、きびすを返した。
うっかり、酔っ払いをマトモに相手にしてしまった。
それらの一部始終を黙って見ていた“花”は、クスクス笑っていた。
…
週が明け、出勤すると、“弁証法”の上司は私に会いたくなさそうだった。
身から出たサビです。
酒のせいにして、忘れたふりをすればいいものを。
そんなこんなで、私は呑み会には不向きな者だ。
もう何年も、外で酒を呑んでいないし、呑みたくない。
某私鉄の駅の売店で働いたことがある。
都市の大きな駅だった。
冬の駅の売店はとてつもなく寒かったし、夏はクーラーが壊れていて、まるでサウナだった。
一緒に働いていたのは、国鉄時代は駅長もやったという、天下ってきたジィちゃん。
「わしは戦争行ったぞ~。」
ジィちゃんに戦争の話や共産党の話をふると、やたら話が盛り上がった。
ヒマな時は大方この話題で退屈しないようにしていた。
ある寒い冬の日、私はレッグウォーマーをして店番をしていた。
私のレッグウォーマーを見たジィちゃんは、
「その、足にしとるやつは何や?」
私は、
「レッグウォーマーですよ。寒をしのぐんですよ。」
「ゲートルみたいなもんやな。」
「ゲートルって、あの足に巻く包帯みたいなヤツ?」
「おお!その年齢でよう知っとるなぁ・・・」
という具合に。
ジィちゃんが私に休憩を勧める時は、
「先生、ちょっと休んできたらどないや?」
私は、
「上官、私はまだ大丈夫であります。」
すると呼び名は白熱してくる。
ジィちゃんは、
「あんたがワシの上官でっせ、軍曹。」
「何を仰いますやら、中尉殿。」
「ちょっと多めに休んどき、少佐。」
「ええんですか?大佐。」
…大将、元帥、首相、天皇、果ては上皇、神様まで行き着いた。
「しかしよう知っとるなぁ・・・。」
と、ジィちゃんも感心していたが、私も自分で何故知っているのだろう?と不思議に思った。
私が退職する時、ジィちゃんは私に「餞別や、もろとけ」と言って、のし袋をくれた。
若い人でこういうことをする人はあまりいない。
昔の人だから、こういうことにはとても律儀だということもあるけれど、気遣いが嬉しくて心の温まる思いがした。
ジィちゃんは熱烈な阪神ファンで、新聞を店先に出す時は「デイリースポーツ」を前の方に出し、「報知新聞」や巨人の勝利が一面の新聞などは早々と引きあげた。
若い私は信じられない差別行為を目にした、と思ったが、黙っていた。
ある土曜日、駅の売店の会社の偉い人が慌てるようにやって来て、私に言った。
「M駅の売店に、今日と明日、助っ人に行ってくれんか?今日入るはずやった者が病気で倒れてしもたんや!」
何も知らない私は二つ返事で快諾したが、一部始終を見ていたジィちゃんが、
「M駅か。“馬の店”やな。最前線や。」
と言った。
私はジィちゃんに店を任せてM駅に向かおうとすると、ジィちゃんは手を振りながら、
「死ぬなよ~。」
と言った。
ジィちゃんの言葉の意味を、私は後で知ることになる。
M駅の西口を出ると、JRA(日本中央競馬会)の大きなビルがある。
丁度、正午にM駅に到着した私は、M駅の売店を仕切っているA女史に、
「お昼は食べた?食べてなかったら、今食べてきて!しっかり食べてね!1時に戻ってきて!」
と言われた。
昼食を摂って店に戻ると、A女史から「戦略」を聴かされた。
「…(競馬)出走前とレース終了後がヤマ場。今から3時まで、「大スポ」と競馬新聞類がよく出るから、品切れさせないように。3時になったら、ぴったり客足が止むから。その後4時頃からまた大勢お客さんが来るからね。その時はビールとワンカップと缶コーヒーを切らさない。…」
A女史の気合の入り方から、これはタダゴトでは無い、と察知した。
午後2時前、ちらほらと客が増え始める。
ああ、これは言われたとおり、なかなか忙しい店だ、と思った。
更にその思いをはるかに上回る、午後2時過ぎ。
私のいる売店の真正面に改札があり、更にその奥に、まるでタカラヅカのレビューの時に使う階段のように、ホームへとつながる階段が見える。
昼の2時を回ったある瞬間から、その階段は異様なレビューのように見える。
役者は絢爛に着飾ったタカラジェンヌとは真逆だが、普段着の中高年のオジさん達。
ジャンパー姿、ハンティング帽、地味なのか派手なのかわからないシャツ、渋い面構え、くたびれた革靴、若しくはくたびれたスニーカー、ポケットに手を突っ込み、或いは禁煙の構内であるにも関わらずくわえタバコで…。
もの凄い人数のオジさんたちが、もの凄い勢いで改札をくぐりぬけ、もの凄い勢いで私達のいる売店に、途切れること無く押し寄せてくる。
ブック、エイト、大スポ、ブック、研究、タバコ、コーヒー、ブック、大スポ、フジ、タバコ、ブック、エイト…
売れる商品はほぼ同じ。
つり銭を間違えないよう、最初は頭を使っていたが、次第に体が勝手に動くようになり、指先の感覚だけでつり銭を渡せるようになる。
競馬新聞を何度も補充し、缶コーヒーも何度も温めた。
これだけの人数が狭い店舗を取り囲んでいると、スキを見てリフター(万引き)にも気をつけなければならない。
全く気を抜けない。
時間の感覚が全く無くなり、無我の境地に至る頃、客足がぴったりと止んだ。
「もうじき出走だわ。今のうちに缶ビールと缶コーヒーを補充しておいて。あ、ワンカップも。」
と、A女史。
やってきた夕刊と、翌日のレースの競馬新聞を補充し、一息ついたのも束の間。
「もうそろそろ来るよ。」
A女史の言葉どおり、午後4時前、オジさん達が悲喜こもごもの足取りで戻ってきた。
ビール、ビール、チューハイ、ビール、ビール、ワンカップ、ビール、ビール、缶コーヒー、ビール、ワンカップ…
この人波は、いつまで経っても途切れることが無かった。
つり銭を渡すと、オジさんが大きな声で、
「あ~、負けた負けた~。次は明日や~。頑張るで~!」
「勝ったヤツがこんなとこで呑むかいな!皆で呑みに繰り出しよるわ!!!」
ある人は、買った缶ビールで乾杯をし、ある人は物言わず黙ったままグビグビとビールを飲み干す。
夕方を過ぎ、宵の口という頃になって、ようやく駅構内はシンと静まり返る。
柱にもたれかかり、いつまでもクダを巻いているオジさんもいる。
営業妨害なので、駅員に告げ口して、このオジさんを退かしてもらう。
ようやく閉店の時間になり、A女史は私に言った。
「今日はありがとう。お疲れ様。明日も頑張ってね。明日は私休みだけど、他の人が来るから…。」
…!
そうだ。翌日、日曜日のレースもあるのだ…。
意気消沈したように私も帰路についた。
いいや、私は助っ人でこの店に来ただけだし、明日さえ乗り切れば、と。
勿論、翌日も同じ光景が繰り返され、私は散々くたびれ果てたものだ。
二度とこの“馬の店”には行きたくない!と思ったが、その後私はしばしば、土日のM駅にかり出された。
この経験のお陰で、私はその後、幾分修羅場に強い人間になったし、ポケットに入った小銭を、指の感覚だけで計算できる能力が備わった。
紙に計算式などが書いてあっても、その回答を出すのは遅いが、ホンモノのゼニを掴ませたら私は早い。
普段、駅のホームでアナウンスをしている駅員さんが売店に来て、ジィちゃんに向かって、
「先生!」
と言った。
ジィちゃんは「おぅ」と、偉そうに言った。
駅員さんは、いつも低姿勢で面白い人だが、ジィちゃんの前では、一層低姿勢だった。
そして、駅員さんは拳を固めて、何やら熱く、ジィちゃんに訴え始めた。
ジィちゃんは、偉そうに、頷いてその話を聞いていた。
…この人らは、何をしとるんだろう?
ふと、私の存在に気づいた駅員さんは、私に何やらビラを差し出して、組合や共産党の話をしはじめた。そして駅員さんは、ジィちゃんが自分の師匠であると熱弁を振るい、それを見ていたジィちゃんは、
「おい、こんな若い子に、そんな話やめとけ。」
と、駅員さんをいさめた。
よほどジィちゃんの言葉は、この駅員さんに効くらしい。
駅員さんは、静かに敬礼して、その場を離れた。
私はジィちゃんを、そんなに偉い人として扱ったことは無かった。
私はジィちゃんに、
「ジィちゃん、共産党なん?」
と訊くと、ジィちゃんは、険しい顔で「そうだ」静かに言った。
「なんで?なんで?」と、興味本位で私が尋ねると、ジィちゃんは、普段のジィちゃんに戻って、答えた。
「だって、戦争ムリヤリ行かされたん、あんなんワシもう嫌やってんもん。」
…恐らく、ジィちゃんにとっては、話せば尽きない話なのだろう。
それでもジィちゃんはどうやら、“何も知らない世代”の私を気遣ってか、いつも軽やかで明快な答えだけを言った。
ジィちゃんを「先生」と呼んだ駅員さんとは、よく、ホームの売店で出会った。
ジィちゃんと私が普段いる売店は、改札口の前にあったが、私はよく、ホームの売店の手伝いに借り出された。
駅のホームでその駅員さんは、アナウンスと、「右よし、左よし、発車オーライ」をやっていた。
電車を送り出して、乗客がいなくなった後、駅員さんは、しょっちゅう私のいる売店に来て、
「どう、元気?」
などと、気さくに話掛けてくれた。
何気にゴルフの素振りのポーズをして見せる駅員さんに、
「ゴルフされるんですか?」
と尋ねると、「いいや」と言う。
「こういうのしている人、よくいるよね。」
と、ゴルフをしている人の真似だそうだ。
そんな他愛ないやりとりをしつつも、電車が入ってくる時間ぴったりに、急に声が変わるのが、“仕事人”を感じさせた。
…ぇ間もなくぅ、3番線、特急列車が、ぁ通過いたしますぅ。…
…危険ですので、ぇ白線の、ぉ内側にお下がり下さい、ぃ。…
ある日のこと。
いつものように、駅員さんは私を見かけて、売店までやって来て、
「元気でね。」
と言った。
「今日で、さよならだ。」
何でも、翌日からは数駅下った駅に異動するのだとか。
先ごろ、この駅員さんは上の人の噛み付いたそうだ。
先日、ジィちゃんのところに駅員さんが訪ねて来た理由は、どうやら「今から、上の人に噛み付く」ことの相談だったらしい。
「要は左遷だよ。悲しいねぇ。」
と言って、ふいに背を向けた、駅員さんは、
…4番線、ぇ普通列車、到着致します、ぅ。…
そして、ちょっと目が合った瞬間に、私は軽く敬礼しておいた。
「お元気で」の言葉代わりに。
駅員さんも、軽く敬礼を返してくれた。
工事現場でアルバイトをした時のこと。
マンション建設の際に出たゴミを、分別して、ガラ袋に入れて、一輪車で集めてまわった。
ちなみに、一輪車のことを、現場では「ネコ」と呼ぶ。
「タコ」とは、アスファルト舗装の時に使う、簡易型ヨイトマケの器具。
「タコをネコに乗せて運ぶ」、ということもあった。
さて、私は5歳下の若者と二人でタッグを組んで、現場のゴミを一箇所に集めて、現場の一角に“ゴミの山”を作り上げた。
見事な“ゴミの山”が仕上がって、二人満足げにその山を見上げていた時のこと。
監督がやって来て、
「ここ、トラック入ってくるから、ちょっとこのゴミ、ここまで動かしてくれない?」
と言った。
「ここまで」の「ここ」とは、このゴミの山から5mほどの場所。
「まるでロシアの拷問やな…。」
と私は呟いた。
昔、社会主義体制のロシアだから、ソビエト時代のことかもしれない。政治犯を大きなてんこ盛りの土くれの前に連れて行って、小さなスコップを手渡して、
「この土の山を、このスコップで、ちょっとだけ動かして。」
…という、拷問があったそうだ。もちろん、道具はその小さなスコップだけ。
この拷問は、知性派の政治犯の口を割らすのに、テキメンの効果だったとか。
小さなスコップで、ちょっとづつ、ちょっとづつ、ちょっと先の場所まで土を往復して運んで、運んで…。最初はそれも、やりがいがあるかもしれない。しかし、ようやく土の山を動かし終わったと思ったら、
「ごめん。やっぱ、元に戻して。」
…と言われ、それが何度も繰り返される。
自分の行いに、常に「意味」を求めるタイプの知性派の政治犯などは、段々この無意味な作業に、精神的に追い詰められていく。
「口を割って、秘密を喋れば開放してやる。」
などと事前に言われていれば、辛抱たまらんと、いよいよ口を割って自白してしまう。
「…別に私は、自白すべき何がしかの秘密なんて、無いんだけどね。」
と、私は5歳下の若者に言い、二人で大笑いしていた。
実際、私達のフットワークの良さには、監督も驚いたほど。
“ゴミの山”は、一時間で5mだけ移動完了。
いい仕事をした。
この日見た夕日の美しさを、私は忘れることは無い。
印刷会社に就職が決まった日。
偶々、本屋で中島らもの『永遠も半ばを過ぎて』を買って、読みはじめていた。
シンクロニシティー(共時性)とは、こういうことをいうのだろう。
『永遠も半ばを過ぎて』は、写植屋さんが主役の物語。
この物語の主人公が使う写植の機械は“モリサワ”だったが、私が使っていたのは“写研”だった。
今のような一般的なパソコンが世に出回る以前の、厄介な機械だったことと、印刷業界で使う単位「1歯=0.25mm」の計算に、計算の不得手な私は泣かされた。
しかし後に、色々な職場で仕事でPCを使う時に、それほど困らなかったのは、写植で鍛えられたお陰だった。
「字が潰れていないかどうかを見るのに、“鬱”という字を打つんだよ。」
と、ベテランの職人に教えてもらったので、私は写植の機械で、たくさん“鬱”という字を打った。
鬱 鬱 鬱 鬱 鬱 …
そうしているうちに、版下の校正が返ってきた。
「ベニスの商人」の「ベ」に、赤ペンが入っているが、別に間違って入力していなかった。
…校正のコピーでは、濁点が潰れて半濁点に見えたとか、それとも冗談のつもりだったのか。
ある日、江戸末期の役所の文献の活字の校正をやっていた。
頭の中が、江戸時代の農村の風景で満たされる。
偉い人が死んだからと、辺り一帯で「鳴り物禁止のお触れ」が出されたり、あひるの飼い場を作るのに、いちいち役人に申し出なければならかったりと、そんな文字を一字々々追うごとに、牧歌的な農村に、あひるがガーガー鳴いている光景などが、私の脳裏を過るのだった。
役所の覚書なんだろうけれど、いちいち人間味が溢れている。江戸っていい。
でも、年貢はイヤ。
「黒船の外人が横浜で何者かに殺されたから、みんな、出歩く時は気をつけろ」てな内容もあった。
甲州のドコソコ屋敷の使用人が、奥方と関係したあと殺害して逃げたので「山追いのお触れ」が出たり、その時代も物騒は物騒だったことが伺える。
そうして時間の流れと文字を追っていると、何度も出てくる名前がある。
「無宿彦五郎とその一味」
最初見た「ならずもの」彦五郎は、四人の仲間と強盗殺人かなんかをやったみたいだ。
そして何年か後になると、仲間五人で彦五郎はまた悪さをしたようで、私は思わず、「彦五郎、仲間増えてるやん!」と、校正しながら突っ込んでいた。
彦五郎の仲間は、悪さする毎に増えたり減ったりした。
その度に「山追いのお触れ」が出されたり、人相書きが出回ったりしているのだけれど、…結局、彦五郎が捕まったとかいう記述には出会わなかった。
…彦五郎の人相書きが見てみたいものだが、しかしこんなことで歴史の文献に名前が残るの、イヤだなぁ。…と私は思っていた。
そうして、江戸時代が終わり明治に入ると、文献の文字はカタカナになり、なんだかイライラするほど堅苦しくて、内容がつまらなくなってきた。
なので、明治以降の校正は、別の人に投げた。
江戸時代、辻月丹という剣士は凄腕だったけれども、「兵法」が流行らなくなった時代のせいで、せっかく開いた道場があまり繁盛しなかった。
糊口をすする日々の中、黙々と修行に打ち込んだ月丹は、
万法は一に帰す。
一はいずこに帰するや。
更に参ぜよ、三十年。
という名言を後世に遺したそうだ。
戸部新十郎著の『剣士の名言』という本を見ると、この言葉の詳しい説明があるが、言葉が深すぎて、このようなブログで引用していちいち説明するのが野暮ったい。
とりあえず解説の末尾だけ拾うと、━━修行は終わるものではないので、三十年修行をしたら、また改めて一から三十年やれ。━━…というようなことらしい。
…
主人が、10年着古して繊維の変色したYシャツを捨てようとしていた。
私はそれをゴミ箱から拾って、台所で、出がらしのコーヒーかすとみょうばんを使って、淡い渋い色に染めてみた。
なかなかいい色に染まった。
まるで、新品のYシャツにも、見えなくはない。
黙って会社に着ていっても、誰もヘンなシャツとは思うまい。
染め上がったシャツを主人に見せて、上の辻月丹の話をして聞かせると、主人は慄いて、
「…で、それをまだあと三十年着ろと?」
…三十年とまでは言わないが、まぁ、そういうことだ。
『こびとのくつやさん』という童話があった。
やさしい靴職人のおじさんが、靴を作る作業を途中にして、夜遅いからと眠ってしまうが、朝起きてみると、作りかけの靴が、見事な職人技で出来上がっている。
喜んだものの、どうしたものかと、おじさんは夜中、眠ったフリをして、作業場をこっそり覗く。
見ると、どこかからこびとたちがやってきて、一生懸命、作りかけの靴を作ってくれている。…このこびと、服を着ていなかったか、粗末な身なりだったかのどちらかだと記憶している。
それで、おじさんはこびとたちに感謝の気持ちを表そうと、お礼に小さな服をこびとの人数分作って、作業場に置いて、寝たふりをして、またこっそり覗いてみると。
こびとたちは大喜びで、新品の服をそれぞれまとい、その後、こびとはやってこなくなった。…
楽しいお話だ。
これ、もし、おじさんがそのまま見てみぬフリをして、服を与えないでいると、こびとはずっと夜中に毎日やってきて、作りかけの靴を完成させていてくれたのだろうか?…おじさんが悪い経営者であったなら、そのまま小人から搾取し続けたのだろう。
しかし、相手はファンタジーなこびとだ。
おじさんがやさしい人であることを知っていて、「毎晩遅くまで大変そうだなぁ」と、良心からやって来て、こっそり「痒いところに手を伸ばして」手伝うわけだ。
…
どうしてこの話を思い出したのかというと、日雇いで倉庫で働いていて、ちょっとコワそうなナラズ者風の若者に遭遇。
若者は“山本"KID"徳郁”似で、イケメンだがキレると残忍そうなカンジ。…私が最も苦手とするタイプ。
「コイツには近づくまい」と、最初思っていたが、彼は何も言わず、こびとのようにこっそりと、腕力では男に劣る私の「痒いところに手を伸ばして」、「おッ!」と思う、嬉しい仕事っぷりを披露してくれた。
非常に助かった旨を、帰り際に伝えて、私は深々と頭を下げると、若者は無邪気は笑みを見せた。
見た目で判断してしまいがちだが、人間やっぱり中身なのだな。
オバちゃんたちに取り巻かれ、オッちゃんたちには一目置かれ。
アンタ、将来出世できるよ。
最近、日雇いのバイトをしている。
ある倉庫に派遣された時、外国人の、カタコトの日本語を操るオバちゃんの指示で動いた。が、何を言っているのかわからない。
「これ、あっち、もってく!」
…え!「あっち」って、どこ?
分からない時は、とりあえず笑ってみる。
そして事情を知っていそうな日本人を捕まえて、今、オバちゃんが言わんとしたことは、どういうことなのかを説明してもらう。
言葉のコミュニケーションに難がある、外国人労働者の苦労を、軽く私も味わう。
実際、ブラジル人かフィリピン人か、外国人の出身国を見分けるのは、シロウトには難しい。界隈での比率が圧倒的にブラジル人多数の傾向なので、このオバちゃんもブラジル人か、と思っていた。
15分の休憩時間に、オバちゃんは、残った弁当を冷蔵庫から取り出して、食べる。
「これ、もったいない。」
それとなく話をしていて、このオバちゃんが元々フィリピン人で、現在は帰化して20年近くになるということを知る。
「むすめ、ニホン人。フィリピノことば、わからない。ワタシ、ニホン語むつかしい。」
と、弁当を食べつつ、オバちゃんは語る、語る。
ところどころ、何を言っているのかわからない。
そんな時はまた、とりあえず笑う。
フィリピンで生まれ、若いうちは香港に出稼ぎ。
偶々知り合った日本人と結婚。娘を出産。現在に至る。…
「ニホン、みんな、ゆたか。お金ある。フィリピン、まずしい人、とてもまずしい。」
そういえば、私が中学生の頃、「ジャパゆきさん」などという、今となっては死語だろう、という言葉があった。オバちゃんがそれかどうか、死語をわざわざ持ち出す煩わしさから、いちいち尋ねなかった。あの言葉は、それこそ日本の民度を思い切り低下させる、買春ツアーなど、醜い裏を伴っていたことでもあるし。…
アキノ氏暗殺…。話が「マルコス大統領」にまで及ぶと、「マルコス!」と、オバちゃんは憎々しげにその名を吐き捨てた。
私は、とりあえず笑っていた。
大型薬店で二年ほど働いていたことがある。
ここの店長は面白かった。
店長の放った数々の名言は、今も私の心の金字塔として残っている。
「『卑怯』は嫌いだが、『姑息』な手は使う」
を、モットーとしていた店長。
卑怯な卑劣な手を使ってまでゼニ儲けをしないが、他店の商品の値段を見て、微妙に価格を調整したり、売りたい商品を微妙に全面に出してみたり、マメに品出しをしたり…ということが好きな人だった。
しかし、『卑怯』と『姑息』では、どう違うのだろうか?
『卑怯』とは、やり方が立派ではなく、正々堂々としていない様をいう。
『姑息』は、一時逃れやその場しのぎ。すぐだめになるが「間に合わせ」といったような意味。
例えば、テストでカンニングをするのは『卑怯』だが、前日の一夜漬けは『姑息』である、といったようなカンジだ。
この店長は、
「国立大でバケガク(化学)を勉強して、大学院まで行ったのに、なんの因果かこんな薬店の店長をしている。…」
と、フィリップモリスの1mgをふかしながら虚ろに語っていた。
「小さい頃は医者になりたかった…。」
ドラマの『ベン・ケーシー』を見て外科医に憧れたのだそうな。
その憧れが抜けきれず、白衣を着て仕事をする、薬剤師の道を選んだ。
本当は白衣を着て、実験室でビーカーや試験管と毎日向かい合う暮らしを夢見ていたらしい。
自己実現に失敗した36歳の店長は、白衣ではなく、作業着のような制服を着て、品出しや接客業務、売り上げの計算に追われる日々だった。
この店長は、本当に面白い人だった。
確実に店の売り上げを上げることのできる頭のキレの良さもあったが、「頭が良すぎてネジがいくつか外れてしまったような」面白さを持つ人でもあった。
店長は、背中で「俺は石ころのように転がって生きてきたさ…」などと言い、帰り際に「『テネシーワルツ』はパティ・ペイジより、江利チエミだね…」と言いながら、ウィンクしながら出てった。…
わかる人にはわかる面白さだが、わからない人にはいつまでたってもわからない面白さだった。
店長の名字はありきたりな名字だったが、下の名前は難しい漢字で、しかも読み方がわからなかった。
「店長、お名前、何とお読みするんですか?」
私が店長にこう尋ねると、店長は決まっていつも、ニヤリと笑って、
「さあ。何と読むのかな?」
と言った。
この会話は、私と店長の暗黙の約束事として、度々繰り返された。
私にとって店長は、今でも名前も知らぬ、謎の人物である。
さて、この薬店の部長、仮にYさんとします。
Y部長は、本人の知らない陰で『ヨコチン』と呼ばれ、冷血漢・非情・人でなし…と、裏で皆から嫌われていた。
嫌われている、といっても、非情なYさんにとって、嫌われるだの慕われるだのというのは、何の意味も無い、どうでもいいこと。
一切の情を持たず、数字のみで全てを判断する男。
無表情で、のっぺりとした氷メガネの鉄仮面。
比較的スマートで背も高く、耳障りな、やたらかん高い声で喋った。
Y部長は、店長に一目置いていた。
Y部長にとって店長は、決して逆らわない「イイコ」であり、優秀な部下だった。
Y部長は店長に、
「キミはええ仕事しとるのう。…」
などと言い、店長は深々と頭を下げながら、
「はっ。ありがとうございます。」
と、いつもの楽しい店長とは打って変わった、硬い態度で、Y部長に対してはムダ口の一つも叩くことは無かった。
これが上司と部下の関係というものなのだろうか・・・。
若く、経験も浅かった私は、店長とY部長を見ながら、そんな風に思ったものである。
「ワシはヨコチンに可愛がられている方だが、実際、ヨコチンが人間を信用することなんて有り得ないからな。」
と、店長はタバコをふかしながら言った。
休憩室で一休みしながら、店長も次長も課長も主任もアルバイトもバイヤーも、皆集まってY部長の悪口を言った。
悪役のY部長の存在は、皆の団結と共感を強くするのに一役かっていた、と言えるかもしれない。
Y部長は、店長の耳元でこう囁いたそうだ。
「キミは俺を抜くことはできないが、俺のすぐ下までなら昇れるよ。」
店長が上司に認められ、出世を約束された瞬間だった。
その瞬間から、店長の鼻息は荒くなり、目の前にぶら下げられた出世というエサに対する欲望で、がらりと眼光が鋭くなった。
「ヨコチンに気に入られるためなら、俺はナリフリを構わんぞ!オレは姑息なことはする男だ!」
と、店長は心の中で決意したそうだ。
子のため、妻のため。
店長は主任たちを前にして、こう言い放った。
「見てろよ!!!俺はヨコチンのモノマネだけで出世するからな!!!」
上司のモノマネで出世、もの凄くクリエイティブな発想だ。
先手必勝。秘技宣言。
「言ったもの勝ち」とは、こういうことだ、と私は知った。
『ヨコチンのモノマネ』作戦の本質とは、
「…人間は自分に似たものに親近感を抱く。だからワシがヨコチンとクリソツになったとする。間違いなくアイツはワシに親近感を抱く。ワシはアイツの甲高い声からスーツ、ネクタイにいたるまで、何からなにまでヨコチンを丸うつしにして、ヨコチンのセイフティーゾーンにまで入る。いくら人でなしのヨコチンとはいえ、そこまですればワシに心を許して、あとはこっちの思うツボ。…」
完璧な作戦だった。
その場にいた私は、店長の素晴らしいアイデアに感動し、「モノマネで出世なんて、素晴らしい!」と、感極まって賛美した。
誰も上司のモノマネで出世する、などというアイデアは思い浮かばない。
しかも、その後に続いて主任たち皆が上司のモノマネをはじめたとしても、それは二番煎じでカッコが悪い。
事実、この後店長は、宣言通り異例のスピードで出世した。
本当に店長はY部長のモノマネをやってのけた。
しかし、さすがにスーツとネクタイまでマネをすると「いやらしい」と、それはしなかったようだが。
しかし、
「俺はアイツのコマなんだ…」
店長がボソリとつぶやくのを聞いたことがある。
「俺は俺のプライドを投げ打って、アイツに弄ばれているだけなのかもしれない。」
…
後日、化粧品担当の、この薬店きっての美人と誉れ高いK女史が、驚きの体験をしたという。
まず、Y部長から、
「Kくん。最近の若いコというのは、あれだな、派手な水着を着るんだなぁ。」
と、話しかけられたK女史は、
「そうですねぇ。」
と、当たり障りの無い受け答えをしていた。
「先日、娘を連れてプールに行ったんだが、凄いカッコしてるコがいたなぁ。」
…K女史は、先ず何に驚いたかというと、Y部長に6歳の小さなお嬢さんがおいでだった、ということ。
更に、非情なY部長が、休日に「家族サービス」をしている、ということ。
そして、仕事以外の雑談をY部長が話しているのに遭遇するのは、これが初めてだということ。
これで『ヨコチン』が人間であるらしいことがわかった、と、黙ってはいられないK女史から話を聴いた皆が思った。
ある日のこと、薬店の事務所をウロウロしていた私に、事務処理をしていた店長がいきなり、
「なぁ、お前。最近、生きてて幸せを感じることがあるか?」
と言ってきた。
こういう会話はいつものことである。
「最近ですかぁ。感じる幸せもささやかなもんですねぇ・・・。店長は?」
などと答えると、店長は、
「俺もそやなぁ。一番幸せやったのは、中学の頃かなぁ・・・。」
と、店長が思い出す一番幸せだった頃。
中学時代、柔道部で、夏休み毎日稽古に明け暮れていたそうだ。
稽古の休憩時間に、学校の渡り廊下で見上げた真っ青な夏の空、入道雲。
背の高いヒマワリ、ジワジワと蝉の声、流れ落ちる汗。
眩しそうに、眉間にシワを寄せながら見たその夏の日のワンショットが、今も店長の心に刻まれた「幸せ」の記憶なのだそうな。
「ワシ、こう見えても、柔道部で主将やってんで。」
「へぇ。強いんですか。」
店長は見た感じ、結構ガタイがしっかりしている。
でも商売柄、いつも低姿勢でいることが多いので、柔道が強いなんて意外、といったカンジで、私は店長の話に興味をそそられた。
店長の武勇伝はこうである。
割と大柄だった店長は、それなりに力も強く、柔道部で主将を務めた。
中学生ぐらいだと、メチャメチャに強いような相手もそれほどおらず、大方強いといってもドングリの背比べで、対戦相手の力量も自分とほぼ同等な場合が多いそうだ。
そんな、力量がほぼ同等の相手に対して、どうやって勝つか。
「俺は卑怯なことは嫌いだが、姑息なことならやるぞ。」
と店長は言う。
「実はオレ、中学時代、『とんがりコーン』て呼ばれて、恐れられとったんや。」
…
試合で相手と組み合っている最中、審判のわからないあたりで、微妙に相手に「頭突き」をしたのだそうな。
「ワシ、石頭でな、しかも実は頭が尖がっとってな・・・。」
尖った、しかも石頭で頭突きをされた相手は、やはりちょっとひるむのだそうだ。
その隙を狙って、技をかける。
『とんがりコーン』のあだ名は伊達ではない、と。
二年の月日はあっという間だった。
店長は栄転となり、私は印刷会社に就職が決まった。
店長と私は、ほぼ同時に店を去ることになった。
別れの日、私はお約束となったアレで締めた。
「ところで店長、最後に、お名前、何とお読みするのか教えて下さいよ。」
店長は愉快そうに笑いながら、
「さあね。何と読むのかな?」
これが店長と私が交わした、最後の会話だった。
そしてあれから十年以上の時が経った。
近年、風の噂で、店長は自分を諦めることができず、研究者を志して薬店に退職願いを出したと聞いた。
店長も今は、白衣を着て薬品を混ぜ合わせたりするような仕事をしているのだろう。