2006-05-16

原情景

若かった、何もかもが。


隔週刊の『青春のうた』というCDつきマガジンを買い、それを見ながらしみじみと、パンタロンとブーツカットの違いについて、思いを馳せていて、ふとあることを思い出した。

それは私が3~4歳の頃のこと。


… ある日、私は母に連れられて、買い物帰りの道を歩いていた。

その前方を、男が歩いていた。

男の格好は、当時の若者の流行りだった、長髪にバンダナ、色んな色のペンキがかかったピチピチのパンタロンのジーンズだった。

その男を見て、私は指を指して大声で言った。 「あのおじちゃん、ズボンよごれてる!」

母は男に声が聞こえていたらマズい、と思ったのか、「おじちゃんじゃない。おにいちゃん。」と、私をたしなめた。

しかし、私は再び大声で指を指して言った。 「あのおにいちゃん、ズボンよごれてる!」

「汚れとるんじゃない。あれはああいうズボンなん。」と、母は私に諭した。

汚れている「ダメなズボン」に対して、「ああいうズボン」とは理解できない、子供の私は、

「よごれてるズボン、はいとってもええの?」

…しまいに母に「静かにしなさい!」と怒られた。

神戸は西鈴蘭台の、ある坂道でのことだった。

場所も光景もはっきり覚えている、私の歴史の中でも古い記憶だ。


… あの「よごれてるズボン」を履いていた「おにいちゃん」は、きっと今頃50代。

子供の私に指を指されたことを、覚えているだろうか。

そして、今はどんな格好で歩いているのだろう…。

(2006-2-4)

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2006-05-17

少女

五輪真弓の『少女』を初めて聴いて、好かった。

五輪真弓といえば、かつての“口裂け女”騒動で、「口裂け女の正体は、実は五輪真弓だった」などと囁かれた時に、そういう人がいるのかと知ったぐらい。

…“口裂け女”て、世の中は失礼なことを平気で言うものだ。


『少女』は1972年の流行歌。私が生まれる一年前だ。

このあたりの時代の、「闘争」だ「内ゲバ」だなんだというものが主体の、映画や物語といった作品が、あまり無いような気がするのは、私だけだろうか?

今、もの凄く読んだり観たりしたいのだが。

タイムスリップできるなら、学生が機動隊と衝突しているところを、ライブで傍観してみたい。


思いつくものでも、『突入せよ!「あさま山荘」事件』と、私の大好きな『独立少年合唱団』ぐらい。(しかし前者は官僚の書いた話だし、ちょっと…。)

言ってみれば「団塊」の青春でもあるし、時代を伝えるという意味で、もっとゝゝ「おおっ!」と思うような、深い作品があってもいいような気がする。


物語や作品というよりも、それを語るには当時はアジビラ主体だったため、時に押し流されて、痕跡を留めぬほどに滅ぼされた…、とか。

読むと脳が当時の思想に侵される恐れがあると、発禁扱いであるとか。

それとも、単に私が知らんだけだろうか。

(2006-2-19)

少女 Music 少女

アーティスト:五輪真弓
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レス

『少女』に対して、友人と以下のようなコメントのやりとりをした。


友人>

私も学生運動の本、探しているんだけどなかなか客観的資料がないんだ。おそらく、当事者がまだ現役で、「日和って」ふつうの就職した人にとっては触れられたくない過去だったりするし、いまもバリバリの人はテロリストあるいは地下活動家、というわけであまり語られていないのだろうか。

漫画ですが、かわぐちかいじの『メドゥーサ』がこのあたりを背景にした作品です。


うらら>

wikiで「学生運動」を検索すると、倉橋由美子『パルタイ』、柴田翔『されど我等が日々』 、兵頭正俊『全共闘記』 のみがあった。

『パルタイ』は図書館に予約したが、『されど我等が日々』は無かったので、Amazonで検索。するとちゃっかり「コレクター商品」で初版が高値で取引されている。私は文庫の一番安い初版を買った。『全共闘記』は昨日wikiで見た時点では無かったがな…。

吉田拓郎も今年で還暦。

定年退職してヒマになった「団塊」の誰かが思い立って筆を取り、若い日々を書き綴って文学賞にでも応募してくれたらいいと思う。

『メドゥーサ』って題だけみると、「運動の先頭をきった果敢な女の激しくも美しいドラマ」とか?ドンピシャやったらホメて。


友人>

当たらずとも遠からず。後にテロリストとなる女闘士(政治家の娘)と、後に総理大臣になる政治家の養子が義理の兄弟であるにもかかわらず愛し合うがそれぞれ別の道を歩み云々という感じ。あー、また読みたくなってきた。結末まで読んでないし。

ところで、『全共闘白書』ってのはどうですかね。検索してみたらけっこう出てくるけど、所在情報が大学図書館ばっかで使いにくい。


うらら>

その『メドゥーサ』を本屋、古本屋で探すねんけど、無いわ。さすが田舎。マンガ喫茶も無いし。 Amazonで買うと、送料がなぁ…。もうしばらく、どこかで発見できるまで待ってみる。

当時のヘルメットの色は、何かそれぞれのセクトを表していたのでしょうかね。

Tdai1>『全共闘白書』

多分濃すぎて読めん。できれば映画や小説みたいなもんのほうがいいな。

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2006-05-18

『パルタイ』

『倉橋由美子全作品1』に掲載されている『パルタイ』。
短いので、非常にあっさりと読める。
『パルタイ』とは、ドイツ語で「党」という意味らしい。
「学生運動」のことが書かれているから、と思ってよく見ると、書かれたのは1960年だというではないか。 古過ぎやしないか?
しかも、ここに出てくる「わたし」とは、倉橋氏のことだろうと思っていたら、倉橋氏自身は学生運動に身を投じた経験が全く無い、という。
「観念的な左翼を嗤いたい」のと、「カフカ風の話をカミュの文体で書いたら」面白かろう、ということで、この作品が仕上がったのだそうな。
作り話にしては、非常にリアルに、行間のがっちり埋まったスキの無い文章。しかもこれは倉橋氏が10代で書いたというではないか。
世の中には凄い人もいたもんだ。
ところが当の倉橋氏は昨年、享年69歳で逝去されたとか。

この話の登場人物を見ていると、気持ちはわからなくはないが、倉橋氏の狙いどおりか、やっぱり何か滑稽。
読み方によっては大爆笑。
学生運動をする人って、ナントカ主義だ云々と、こむずかしい理屈がご立派なんだが、本質を要するともの凄く幼稚なことを、大人っぽくやろうとしているカンジなんだな。
(2006-2-27)

パルタイ Book パルタイ

著者:倉橋 由美子
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「若さ」は「バカさ」なのか?

『パルタイ』の感想を、友人によると、

>あのころの大学生はそれなりに恵まれた人々。
>結局革命ごっこにしかなり得なかったんではないかね。

よど号事件にも「飛行機の搭乗システムを知らず、乗り遅れたやつがいて作戦延期」ってすごいマヌケなエピソードがあるそうで。

つまり現代において「若さ」とは「バカさ」と「≒」のようで。
最近の「若さのバカさ」による暴力沙汰は、「革命」と違い、意味を持たないところが恐ろしい。
しかし裏を返せば、「革命」自体が意味も正体も持たないマボロシだった、とも。

倉橋氏の『聖少女』は、当時の若者のバイブル的な本だったそうだ。
内容は、本来的な意味での「腐女子」な、素晴らしいものらしい。
この情報は四方田犬彦の『ハイスクール1968』から仕入れた。

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2006-05-19

『ハイスクール1968』

何かが起こる予感を感じさせつつ、何も起こらなかった、あのへんの時代。
四方田犬彦著/『ハイスクール1968』は、当時を描いた文献の少ない中で、かなり平易に読める、肉厚な資料でもある。
バリケード封鎖された音楽室で、ドビュッシーを優雅に演奏していた三年生が、後に聞くと坂本龍一であったとか、寺山修司演出の『ヘアー』が幻になった裏話であるとか、そういったこともたくさん書かれてあった。

どの世代にも、癒えない青春の傷を負った大人が、大勢いる。
1968年に高校一年だった著者が、当時は自明だと信じていた全てのものを、四年後には見事に喪失したという。
時代や状況は違えど、私の青春時代もそうだったので、この感じは痛いほどわかる。
しかし驚くべきは、当時は高校生も多く政治活動を行っていたということ。
政治には見向きもしない、私の世代とは大きく違う。…それか、当時の「革命」の失敗からくるニヒリズムが、後の私の世代まで及んで、見向きもさせなくなったとか。

まぁ、人間の世の中に、完璧はありえない、としても。
もしも「革命」を成功させるために、一体当時、何が足りなかった、もしくは多すぎたのか。
どうすればあの「革命」は成功していたと今なら思うか、私は著者の年代の人に訊いてみたい。
一見、お祭的な非日常の「若さゆえのバカさ」を感じないではいられない「バリケード封鎖」なのだが、当時の「革命」が成功していたら、現在の10代が抱える理不尽・不条理・抑圧からくる「不登校」「いじめ」「自傷」いった問題も、また違っていたかもしれない…、などと思う。
そのことを、著者も警鐘を鳴らしてる。
いや、警鐘もなにも、既にもう起こっているか。

「…やがてこのストレスはより深刻で悲惨な形をとって、より年少者へと受け継がれることだろう。60年代後半に生じた高校生造反の声に耳を貸さず、強引にそれを封じ込めてしまったことへの高い代価を、教育者である側の高校は、これからも払っていかなければならないだろう。」
(2006-3-11)

ハイスクール1968 Book ハイスクール1968

著者:四方田 犬彦
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2006-05-20

やっぱり、みんな死んじゃうのか?

『されど われらが日々━━』/柴田翔。…期待して読みはじめたが、私の求めていたものではなかった。

読みすすめていて、途中でふと予感がした。…まさか、みんな死んじゃったオチ?…
みんなでは無いが、仰山の人が自殺した。モロいなぁ…。
みな自殺に走り、そのいきさつを書いた手紙や遺書が、いつも主人公の手元に届く。
で、この主人公がまた心の汚れた人間で、しかもそのことに主人公自身気づいて無さそうで、…イラっとする。
登場人物皆、学のあるかしこい人たちばかりだし、言うこともご立派なのに、何か肝心なことわかってなさそうで、…イラっとする。
強いて言えば、無党派の宮下という登場人物の言うことぐらいが、私にもうなづけた。

私の読みたい「学生闘争」にまつわる話というより、太宰治や石原慎太郎ぽい、フツーの青春小説という印象。
私はあまり小説を読まないが、そういった「イラっとする」シンドい小説に出会いたくなくて、読まなくなったのだと、今気づいた。

…何か、「あのへん」のもっと面白いやつを探そ。
(2006-3-27)

Book されどわれらが日々 (文春文庫 し 4-1)

著者:柴田 翔
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2006-05-21

古い"重い"日記

ある日ふらりと訪れた方が、以下のようなコメントを下さった。

「はじめまして。
 時々こっそり拝読させていただいております。

 自分は71年生まれですが
 短大の卒論のテーマは"学生運動" だったので
 (ちなみに家政科卒です 笑)
 ついコメントを書きたくなった次第です。

 学生運動には触れていたか、いなかったか
 忘れたのですが「あのへんの時代」のことなら
 『二十歳の原点』 高野悦子もアリかも、です。

 自殺した人間の日記ですので "重い" ですが。」

 
家政科の卒論テーマが「学生運動」…。
むしろ私はそちらを読みたい、と思った。

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2006-05-22

『二十歳の原点』

  その子二十(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな

と、与謝野晶子は詠った。
その歌と妙に重なるのが、高野悦子『二十歳の原点』。
惜しいなぁ。せめて死ぬ前に、彼女自身の「おごり」に、彼女が気づくことができたなら。…

私は何となく、昔から「死」は、自発的に迎えに行ってはいかん、と思っていた。
「死」の方が迎えに来るまで、だましだましでも、のらりくらり生きるべきである、と。

高野悦子の「死」━━。時代に翻弄され、たゆといつつ、己を取り巻く状況と、必死に向かい合おうとし続ける、彼女の日記は、悲しいことに、私にも非常に共感できるものだった。しかし、私と高野で「生死」を分けたのは、その「だましだましでも生きる」ことができるか否かだったかもしれん。

『夢判断』だと、「電車=社会」を表すそうで、そこに向かって飛び込んだ高野は、文字通り「社会に圧し潰された」。
きっと当時の高野は、ちょっとノイローゼで「魔がさした」に過ぎない。死んだのは、運が悪かった。
誰か、高野にほっこりとした、滋養のある食事を与えていたら、彼女は生気を取り戻して、生きながらえたかもしれない。(…そういえば、女子栄養大学で「学生紛争」とか、聞きませんね。やはり「食」の重要性を知ると、精神のバランスが取りやすいのかもしれない。)
運良く、死なずに済んでいたら、彼女自身が『二十歳の原点』を振り返る年頃に、「ありゃ、何だったんだろう?」と、高らかに笑い飛ばせたろうに。

高野は私と20も歳が離れているが、隔世の感があまりない。
せいぜいが、電話が「テル」だったり、笑いが「エヘッ!」だったりするぐらいで、このぐらいの時代のギャップが無ければ、むしろ読む意味も無い。
ということは、青春時代に考えることは、大方似たり寄ったりなのかもしれない。
とすると、…結局「あのへんの時代」について思う時、私はまだ「若さ≒バカさ」という仮説の、バカの壁を超えられない。
(2006-4-12)

二十歳の原点 Book 二十歳の原点

著者:高野 悦子
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2006-05-29

マボロシの“国”

フランスのデモは凄い。
きっちり国家の政策を、民衆の力で変えられる。
さすが、「革命」はお家芸なんですね。
民衆が団結できるのは、わかり易いかたちで「敵」が見えているからでしょうか。
一方、ネパールでも「王政反対」で最近デモってるけど、こちらはどういう展開になるでしょうか。

最近いろいろと「革命」について考えてみたが、果たして日本の名も無き民衆に、悪しき国の政策を変えられるだけの「革命」を起こす力があるかどうか。
結局は、国家権力に封じ込められて、民衆は無力のままか。
私は「国」そのものが「幻想」だという気がしてならない。

国が悪いことをしても、誰も国の責任を取れる人はいない。というか、国の責任を取っている人を、私は知らない。
国の悪事は、責任が重過ぎるのか、悪事を犯した張本人自身が、責任を取って償いをする姿を、私は未だ見たことが無い。
かつて以前、HIV訴訟の原告に対して、当時の厚生大臣が土下座をした。
けれど、土下座をした大臣自身は、ちょうどその時たまたま大臣だっただけで、悪事の張本人とは、またちと違う。

そういえば、“国”って誰?
首相?役人?いや、あれらは“国”っぽい顔をしているけれど、国ではない。議員・政治家も然り。━━彼らは“国”を目指しているのかもしれないけれど、所詮“個人”の域だろうよ。
そう考えていくと、“国”の責任は、誰も取れない。

そうすると、“国”って何?
“国”は、まやかし?
しかし、そのつかみ所の無い、得体の知れない“国”に、苦しめられたという人がいるから、どこかに“国”の実体はあるのかな。
もしかすると、「自分こそが“国”」だと思い込んでいる人がいて、そういう人が“国”のフリをしているから、“国”として責められるべきは、そういう人なのかもしれん。
━━
“国”というか、“個人”が各々、己の罪を知り、認め、悔い改めたなら、“国”はそれとして実体をきちんと持つのかもしれない。
そうだとしても、多くの“個人”が不勉強であることには変わりない。
かといって、他人の不勉強を責めたところで、じゃあ自分がどれだけ賢いんだ、てなことになると、一介の婦女子である私には「ゴメンナサイ」としか言えんだろう。
ボソボソと、こんなところで「“国”って誰よ?」とボヤくぐらいが関の山。

あゝ、貴族から民衆に寝返った、どこかにオスカル様のような英雄はおらんか?
神社の傍の夜桜を見ながら、憂国の思いを、八百万の神に委ねる私だった。

(2006-4-12)

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2006-05-30

冒険家・鈴木紀夫

生真面目ぶって、頭で考え続けた若者は、多く死んだ。
それを思うと、…頭で考えることをせずに世界に飛び出して行った、冒険家・鈴木紀夫は、アホかと思ったら、実は逆に偉大であった…、と私なりに気づいたのだった。
鈴木紀夫の偉大さは、よくよく考えて、後になってじわじわとやってくる。

学生紛争のころ、僕もゲバ棒もってカリカリうわずっていた。理論もやりかけた。討論にも加わってみた。しかし完全に同調する気になれなかった。なぜかというに、理論をやったって━━もともと苦手なんだが━━だんだん理論が現実とあまりにもちぐはぐに感じられてきて、これはへんだと思い出したのだ。(中略)…それだから僕は外国へ出てきたんだ。いやになったから飛び出して来たのだ。(鈴木紀夫/『大放浪~小野田少尉発見の旅』より抜粋。)

鈴木紀夫は、私が敬愛して止まない小野田寛郎を「発見」した人物。 彼もまた「あのへんの時代」の渦中に在った。
「戦後民主主義とは無縁なところで戦っている小野田少尉と、色んなことを話してみたい」…、という理由と、もう一つは「小野田少尉を発見して、台湾との国交回復のために政治的に利用しよう」…、というモクロミから、彼は2度目の大放浪で、小野田少尉を「発見」する。

政治的利用の方法は、日本政府に対して、「小野田さんを救出したかったら、台湾を認めろ。道義、信義を守らぬ日本に、それらを守る小野田さんが帰国しても、幸せになれるか…?!」と、アピールするというもの。
結局、人質をとって要求をつきつけるという卑怯なマネは、赤軍みたいで「出来ん」と諦めたらしい。

直感的で、あまりに無計画で、天真爛漫な鈴木紀夫。
最期は「雪男」を探して、ヒマラヤで遭難。
故にアホっぽくもあり、しかし、本質的な賢さは理論ではなく、行動を起こせるか否かと、「ハート(心)」だと私も思う。
(2006-4-16)

出版社: 朝日新聞社 ; ISBN: 4022611162

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2006-06-18

『1968年全共闘だった時代』

「あのへんの時代」の最前線のドラマを求めていた私は、ある日、いいサイト(『1968年全共闘だった時代』)を見つけたと、ブログにリンクを貼った。…すると間もなく、アクセス解析を使って、ブログに「当事者様」がやってこられたので、驚いた。

 「三つ子の頃に教えられた「悪いことはしちゃ~いけません」を融通無碍に押し通しただけです。当時、私等はちっとも難しいことを言った憶えは無いんですけどね。」

オイルショックのベビーブームに産まれた私は「団塊ジュニア」と、ほぼ同世代。
その私から見る「団塊」の世代は、一言で言うと「濃い」。
ちなみに、私の父親は、物心がつく頃に空襲の街中を逃げ回った、『火垂るの墓』の節子と同い年。
ひょっとすると、「団塊」の方とちゃんと話したのは、これが初めてかもしれない。
…そんな「団塊」と「団塊ジュニア」による、異種格闘技的なコメントのやりとりの一部始終、以下↓。

 うらら>
随分勝手なことを書き散らかしております。お気に触ることがありましても、どうかお許し下さい。
「あのへんの時代」に自分をあてはめると、協調性が無いので、どう考えても「ノンポリ」でしょうが、バリケードの中の異世界を、ちょっと覗いてみたくもあり。
なので、濃厚な『1968年全共闘だった時代』は、非常に勉強になりました。
特に画像とムービーの臨場感がうれしい。
♪揺れていた時代の熱い風に吹かれて~(加藤登紀子)♪…、というカンジがしました。
ありがとうございます。
幾つか当時の本を読んでみて、とにかく用語がわからなかった。
「セクト」「ノンポリ」「民青」「バリケード」…他。(なんで「内部ゲバルト」だけ知ってるんだ、私?)
しかし…、「異議な~し」は用語でしたか。(笑)

 1968組>
「異議な~し」は用語でなく、慣用句か。

>>あのころの大学生はそれなりに恵まれた人々。
>>結局革命ごっこにしかなり得なかったんではないかね。

革命を目指した憶えは無いのですが、そういう風に見えたのでしょうか、
・・・・・久しぶりに、自虐的な快感を覚えています。

お友達とうららさんとの問答、其の通りです。
当事者が云うのだから間違い在りません。

>>タイムスリップできるなら、学生が機動隊と衝突しているところを、ライブで傍観してみたい。

・・・・・堪能していただけましたでしょうか?
マスメディアを通さぬ、当事者の映像記録はまた違うでしょう。


 
思った以上にニュートラルな方であった。
ホント…、ほぼ誰も見てないと思って、のびのびとやりたい放題のブログに、正しく“青天の霹靂”。

しかし当事者の肉声は貴重なのだ。
是非とも「全共闘世代」の誰かお仲間が、文学賞に応募して、それが映画化することを、私は希望するのだった。

(2006-4-17)

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2006-06-19

ゲバルト趣味者

未知との遭遇。…

これで終わるかと思ったら、まだあった。
『1968年…』のお友達の全共闘世代の方が来られた。

 「私は「共産主義者」でもなければ
   「共産趣味者」でもありません。
  しいて言えばゲバルト趣味者?」

…そんな人まで来られるようになるとは、世界の中心で叫びたい気持ちだ。
話によると、“天才”ゲージュツ家らしい。

 「私は天才だったので2年で卒業しました!?
  本当は学科主任や学部長を自己批判させ、
  会頭(他所では学長)まで吊し上げたので
  学校に戻れなかったのです。
  右翼や機動隊の襲撃にもメゲズ、1年間バリケードで暮らし、
  出席日数は最も多かったのですが、
  不意をつかれパクられ(不当逮捕され)ました。」

  「普通3泊4日で娑婆に出られるのですが、
   カンモク(完全黙秘)したので1ヶ月別荘でした。
   出てみれば浦島太郎?
   あのオブジェと称えられた私(達)のバリケが、
   なんということでしょー!
   無粋な鉄板に換っていた!
   それでも“さまよえる芸斗委”として他大学に泊り込んで
   闘ったのですが。…」

そして、私がいくつかエエ加減に書き散らかした、「紛争≠闘争」の指摘を受けた。
正しくは「闘争」と呼び、「斗争」と表記する。
そして「全学共闘会議」を略して「全共斗」と表記するのだそうな

…色々話を訊いて、思ったのだ。
この人たちは別に、間違ってないよな。
支配階級への嫌がらせなら、私もいつも陰ながら応援致している。
私が今「あのへんの時代」で思うところの、「青春」「観念的」「若さ≒バカさ」のバカの壁を、超えられそうな気がしたものだ。

(2006-4-17)

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2006-06-20

何が「勇気」?

「あのへんの時代」はどうも、作品としての描かれ方が、アホ一方に偏った感がある。
もしかすると、影の力で、アホでない方を封じ込めているのだろうか…?
なんか、見つめれば見つめるほど「おや?」と思うが…、まぁとりあえず。

「君は僕を理解できない」そう黒人兵は言った。…

中上健次著/『日本語について』(『鳩どもの家』収録)。割りと面白く読めるが、嫌~な話。
この作品では、“反帝反戦学生統一戦線”という左翼グループが、完全な悪役である。
ホントにあった団体なのかどうかは知らんが、このグループは「南北ベトナムを支援して、アメリカ帝国主義の侵略戦争に反対」し、同時に「日本帝国主義と反動政府」に対しても戦うグループだそうだ。

主人公の19歳の少年は、上のグループとは関係のない普通の少年。
“反帝反戦学生統一戦線”の学生に雇われて、「5日間だけ日給3000円で、休暇中の一人のアメリカ兵と同伴し、東京を案内し、民主主義日本、平和憲法日本の若者のシンボルとしてアメリカ兵に精神的影響を与え、軍人としての士気を腐食させる」という、メチャクチャなアルバイトをする。
結局、この少年も休暇中の黒人兵も、“反帝反戦学生統一戦線”のアジビラを通しての宣伝活動に利用されるという、屈辱的なオチ。

この“反帝反戦学生統一戦線”の学生が、「自分はよく知っている」風に話すコナマイキな輩で、非常に自分勝手な正義で、イラっとする。━━「あのへんの時代」のこれまでの作品群に一貫して多く見られるのは、これらの若者、非常に「傲慢」で、「命」についての理解が浅い。インテリらしいが、どうも頭が悪い。巷のクソヤンキーと大差無いんだがな。他人を利用して「命」を理屈で弄ぶぐらいなら、「命」が理解できるまで、何度でも「氏ね!」、…と思う。

主人公の少年も可哀想ではあるが、黒人であるこのアメリカ兵に対して「ニグロ」という覚えたての言葉をウレシがって使いまくるのが、「恥を知れ!」てカンジ。
欧米人ならともかく、日本人がそんな言葉を使うことには、違和感がある。

そうして、この作品で一番可哀想だったのは、黒人兵だった。

日本語を理解できない外国人にあった時、あなたはいったい日本語のどの単語から教えるのだろうか。 と、冒頭と最後で主人公は問う。

…いきなり訊かれても困るが、私だったら、そうだな。
「ありがとう」と「ごめんなさい」だろうか。
この二つを知っていれば、多分人との間で生きていける、という気がする。

主人公自身は「勇気」と言った。
「勇気」の意味もわからずに。
(2006-5-10)

出版社: 集英社 (1980/06)ASIN: 4087503275

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心霊現象?

丑三つ時にこのブログを書いていて、いきなりキーボードが利かなくなった。
「“反帝反戦学生統一戦線”の学生が、コナマイキ…」の、「コナマイキ」を打とうとしている正にその時の出来事だった。
極左の悪霊が、入力を邪魔している。
彼奴は、死んでなお悪口を言われたくないのか。
執着を絶って、早々に彼岸へ逝け!…てなカンジで。

とりあえず効果のありそうな祈りの言葉を唱えると、「Ctrl」キーが押しっぱなしになっていただけだった…。
…守護霊さま、ありがとう。

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2006-06-21

『69』

映画『69』は、TUTAYAで「アイドル・青春」のジャンルに分類されていた。クドカン脚本の主演が妻夫木くんだから、まあそうなんだろう。
すぐに自殺したり、重~い、嫌~な話も多い中、これはフツーに腹抱えて笑える。そしてオープニングがまたカッコいい。
この物語は「青春とはロックとエロスとハッタリである。」のキャッチフレーズに集約されている。

バリ封とは“反体制の象徴”であり、若者の流行りであり、ファッションだった。
あんまりよくわかっていない人も、「みんなやってるから」という理由で、とりあえず時代のうねりに乗ってみた…、というケースが多かったようにも見える。

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」

という、ビートたけしのギャグの深い部分を、今更理解した私だった。

大学生の「先輩」たちが闘っているのを、何気に憧れたのだろう、長崎の佐世保に住む、全く政治的でない、カッコつけることと、エロしか頭にない、目立ちたがりの、田舎者の高校生が、“跋折羅(ばさら)団”を名乗り、全共闘のヘルメットを被って「バリ封」する。しかも、

「うち、デモやらバリケードする人やら、大好きやもん。」

という、憧れの女の子の一言にホダされて、それをおっ始めるのだから、笑える。また、

「あれが自己批判ばい。」

などと、長崎弁だから、また可笑しい。

作品中に登場する「大学生の先輩」たちのズボンは、かつて私が幼い頃に、指をさして「あのおじちゃんズボン、よごれてる」と言った、そのズボンを彷彿とさせる、別の意味で懐かしいいでたちで、リアルだった。

岸部一徳が、いい先生だ。
「文化て、ちょっとオソロしかねぇ。外国文化が入ってこなければ、ランボーもツェッペリンも知らんやったき。」
近頃、「鎖国しようぜ」などとふと思ってしまう私には、気持ちのいいセリフだった。
(2006-5-29)

69(シクスティナイン) (集英社文庫) Book 69(シクスティナイン) (集英社文庫)

著者:村上 龍
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69 sixty nine DVD 69 sixty nine

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2006-06-22

筒井康隆!

内ゲバ主体の短編を見つけた。
筒井康隆/『革命のふたつの夜』。
若い心理学の大学教授の視点から、けっこう、ナマナマしく、分かりやすく描かれている。
しかし、どさくさに紛れて、女生徒と情事にもつれ込むとか、私はそういうクソミソなエロで脳が汚れるのを嫌う者のため、読後感はよろしくない。
面白いような気もするけど、元々、小説をほとんど読まない私には、文面や行間から、汗や体液や体臭が滲み出るような「作り話」は苦手だ。

私の周囲には、筒井康隆のファンが多かったので、氏の色々な伝説を聞いて、知ってはいるけれど、意外なことに本を読むのはこれが初めてだった。
偶々、著作と縁が無かったのだが、私が以前、特急列車で車内販売をしていた頃、筒井康隆本人に商品を売ったことがある。
「あ、筒井康隆!」…と思ったが、言わなかった。
氏とは全く無縁、とは言えない。

(2006-6-7)
出版社: 角川書店 (1974/03)ASIN: 4041305071

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2006-06-23

『パッチギ!』

映画『パッチギ!』━━井筒監督の意図が「見え見え」だと言う向きもあろう、確かに。
長原成樹が「アイゴー!」。しかも役名が「アル中のおじさん」…(笑)。

ドラマ版『電車男』のスレの住人(波岡一喜)が出ていたが、好かった。
キムラ緑子は京都の役者だったか、華のある、キレイな人の印象を持っていた。
私は「木村緑子」時代のサインを持っているが、…しかし老けたな。

舞台は1968年の京都。
「学生運動」とは直接関係無さそうだが、時代背景の一端が伺える。
朝鮮半島との歴史的な絡みの延長で、いろいろあったことを、そういえば四方田犬彦の『ハイスクール1968』でもちらっと読んだ。

箱根八里は馬でも越すらしいが、大井川の他にも、越すに越されぬものがあるらしい。
複雑怪奇な哀愁を含んで、作中では『イムジン河』がとうとうと流れる。

内容は“東アジアのウエスト・サイド・ストーリー”とも言え、しかしダンスは無くて、圧倒的にドツキ合いが多い。
「恨」が、濃すぎます。
(2006-6-8)

パッチギ! (特別価格版) DVD パッチギ! (特別価格版)

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2007/04/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006-06-24

バリケードとは何か?

ゲバルト趣味の小父さまが、バリケードについて、以下のようなことを仰った。

「バリケードには物理的なものと精神的な両面があると思います。
一時的なものとして解説されているようですが恒久的な物もあります。
うららさんはおそらく「取り合えず作った障害物」のイメージだと思います。
たしかに多くのバリケードはカタチだけのものが多い。
バリケードの持つ、非日常性=お祭り騒ぎ=晴れの日の外見的楽しさを否定はしません。
東大の場合もそうでした。
機動隊が攻め込めば数時間で撤去されるだろうと予想された。
これを1969年1月18-19日まで持ち堪えたのは
日大全共斗の建築技術であり闘う精神性だったことは有名な事実です。

日大の場合は恒久的な城砦でした。
幾度も右翼・機動隊に攻撃されても奪還した「聖域」です。
そう、生命財産を守るための「かけがえのない」ものでした。

私の場合、より重要なのは精神的「結界」としてのバリケードです。
19の春から始まった闘いが続き二十歳の誕生日はバリケードの中。
我々を飲み込もうとする強大な敵により目覚めた
「自我の具現化」がバリケードです。

「自己批判」よりも根源的問題に対しての「自己否定」。
深く自己を掘り下げていく中で辿り着いた自己に内在する「小宇宙との対話」
そのためにバリケードは偶然かつ必然であり自己の一部でした。

だから、私の存在を奪おうとする者=権力者=搾取する者との戦いは、
主義として趣味としてあるいは存在の確認として続いているのです。」…

…色んなイミを包括した、あの時代の「象徴」として、バリケードは「バリケード」として「必然的」に出来上がったもので、そこを突き詰めても、「バリケード」は「バリケード」以上も以下でもない。
あのへんの時代の渦にあった人々の内面の「バリケード」の存在感は、富士山を見て育った人の中の富士山ぐらいの存在感かもしれない。

私の中には、富士山もバリケードも無い…。

(2006-4-17)

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2006-07-01

成田の弟さんの歌

『昭和蔓葉集』(全20巻)には、学生運動を詠った歌も多く、いくつもある中で、第16巻の大河原惇行という歌人の、昭和45~46年の、

 妻に少し金をもらひて出ゆきし弟は成田より五日帰らず

という歌が、ふと目に留まる。
そして第17巻、その翌年の歌の中に、続きを見つけた。

 山に登り家に帰らぬ二日三日ふたたび成田に行かざりし弟

…、弟さん、ずっと闘ってらしたんだ。などと。
結局、

 肉親をあるいは日本を逃るる如海外移住の日を待つ弟
 照る日あつき石原に匂ふ草いきれわが弟は海を越えてゆきぬ


…これが私が生まれる前年の出来事か。
この歌人の弟さんは、その後どうなったんでしょう。
何ともいえない感慨深い余韻が残るのだった。


歌人
大河原惇行

(2006-6-29)

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2006-07-05

『メドゥーサ』

家のすぐ側に、新鋭のパチンコ屋が、でーんと建った。
中にはゲーセンとマンガ喫茶もある。
「まさかな」と思ってとりあえずマンガ喫茶に行ったら、全巻あった。
『メドゥーサ』(←他の方のご感想)。…
まるで私のために作られた施設だ。
というわけで、ようやく念願叶って、全巻読破した。

ヒロインの陽子が“美しい”という設定無くして、この物語は成立し得ない。
インリンとはまた違う「エロテロ」なんだよな。
この人、なんでこんなにモテるんだろう。
マンガだから仕方ないか。
頻繁に陽子が全裸で出てきたり、難しい政治とかを絡ませて、ややこしく大人向け風にしてあるけれど、本筋の設定は少女マンガなのだ。
ギリシャ神話からそう遠くないオチ、クライマックスは思わず目が潤む。

でも龍男と陽子の恋心はハタ迷惑。命がけで愛し合うの、やめて。
二人が最初から素直にくっついていれば、物語も生まれなかっただろうけど、周囲の多くの人も傷つかずに済んだ。

陽子を闘いに突き動かしたもの。
それは「明るく豊かな社会を目指す思想」などは建前で、龍男への“恋心”だけだったのだ。
エエんだか、悪いんだか。…
(2006-7-1)

Medusa (1) (小学館文庫)

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2006-07-10

ジャパニーズ・レッド・アーミー?

かわぐちかいじの『メドゥーサ』を、マンガ喫茶で全巻読破した日の夜、夢の中に重信房子が出てきた。━━小さい頃から『この顔を見たら101番』に、必ず載ってた人。
指名手配の写真の面影は感じられなかった、あの有名な、逮捕当時のイェイイェイしてる姿…。
「何をやっとるんだ、このオバさん。」
と思ったけれど。
あの映像が世界に配信されることを知っていて、彼女は、外国に数多といる仲間や友人に対してのメッセージとして…、という事情を知ったのはだいぶ後のこと。

彼女の娘さんは私と同い年。
その娘さんへのメッセージ的に書かれている、『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』を読んだ。
何しろ日本赤軍だから、この本では語り得ない、不可解な、そら恐ろしい出来事も数多見聞きされたには違い無かろうが、…

「なんや、すこぶるええオバちゃんやないか。」
単純にそういう印象を私は抱いたのだった。

私でも、とても共感できる考え方の持ち主なのに、なんでこういう生き方ができてしまうのか、わからん。
人間としての“素材”の強さ・弱さ、だろうか。
私なら、彼女の生き方の過程の、かなり早い時期に、何の役にも立たないくらいに発狂していそうなのだが。
重信房子は、強かった。
その強さ、害の無い程度に私にも下さい…!
(2006-7-1)

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2006-07-14

「三島事件」さまざま

ある日、団塊世代のゲバルト趣味の小父さんが、「三島事件」を大いに語った。
行間からホトバしる、奥千万の言霊が届くのは、一億分の何人だろうか。

 烈士・三島由紀夫殿の死。━━あの日、私は国道2号線を走行中だった。
 四日市付近だっただろうか。暗雲が前方に立ち込めていた。公害のせいだろうか、樹立する煙突がけむる。
 海はドス黒く澱んでいた。辺りを異臭が包んだ。 

 窓を閉め、何気なしにラジオのスイッチを入れた。

 緊迫したアナウンサーの声「作家の三島由紀夫氏が割腹自殺を図ったようです・・・・・」

 ━━1970年(昭和45年)11月25日、午後零時15分「楯の会」学生長森田必勝ほか3名の同志と、東京市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部に至り、自衛隊の覚醒と決起を促すも果たさず、「天皇陛下万歳」を三唱して古式に習い割腹自決。(45歳)
森田また介錯後これに従い殉じる(25歳)。
 「檄」「辞世二首」。翌日、自宅で密葬。戒名彰武院文鑑公威居士。━━

 ???
 雷に打たれたような衝撃が背骨を貫いた。
 !!!
 体が硬直してしまった。
 どうやって路肩に止めたか判らない。

 魂が慟哭し、千切れるような叫びを上げる。
 涙が止めども無くあふれ出し、溺れかける。
 ……

 …後日聞いたところによると、一部の隊員が決起を図ったようだ。
 しかし、上官の命令で、制止させられた!と。

 貴様達はあの、魂の叫びが聴こえなかったのか?
 あの、雷鳴のごとき波動が伝わらなかったのか!
 古武士(ふるきもののふ)の死を無駄にして、惰眠を貪るのか!

 組織を守るため。 否!己の地位を維持センが為、・・・・
 貴様たちは犬にも劣る。
 対極の位置にいる、私にさえ届いたのに!

 徹底的な弾圧によりバリケードを失い、流浪の民となった私は奈落の底に落とされた。
 このような輩に負けたのか!

 日本の行く末を垣間見た。

 私は全てを封印した。
 ……

参考:三島・森田事件「檄」全文リンク/「国防研究会-ランスホームページ-」より

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2006-08-01

潜伏

さて、このブログの元になったブログは、ただの日記であったにも関わらず、“アカ”の宣伝工作に利用されそうになったため、爆破してきた。
現在、私は、地下に潜伏している(笑)。━━ 「地下に潜伏」って、なんだろうな。

「潜伏する」と言って行方をくらました人って、なんか、知り合いの下宿のこたつに入って、日がな一日ミカンを食っちゃ寝しているイメージなのだが。…歪んだイメージなのか。
私は何か特定の宗教やイデオロギーに肩入れすることを好まない、というか、協調性が無いので、相手の方で邪魔になるはずだ。
信じられることは、世の中が「うつろう」ということぐらい。


“ネットウヨ”などというくらいだ。
“ネットサヨ”もあるらしい。
とりあえず、運動部共産趣味のリンクでも貼っておこう。
イデオロギーの世界も、ただ眺めているだけなら、劇的でファンタスティックだ。

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2006-08-02

若者の風俗

『昭和蔓葉集』は、プロレタリア臭がけっこうきついが、読み応えバツグンだ。
「あのへんの時代」のネタだらけで、ブログのネタにどれを選抜するか、とても悩む。
興味を持たれた方は、是非、『昭和蔓葉集』を図書館ででも借りることをお薦めしておく。
ちなみに、私は古本屋でゴミのような値段で入手。
確かに、状態は好くないが、前の持ち主に感謝する。

なんとなく ガ━━(゚Д゚;)━━ン! と衝撃的だった、心に残る歌を、第16巻(昭和45~46年)より。

無気力の答ふる声に覚えありまだシンナーを吸つてゐるのか

サイケな時代だ。
有機溶剤による急性中毒を楽しむ青少年のシンナー遊びが、昭和41年頃に流行したという。
「ラリる」という言葉が出てきたのは、このあたりのよう。

「ラリる」とふ語を言ふ時に皓(しろ)き歯を童顔に見す靨(えくぼ)つくりて

歌人
「無気力の…」安達龍雄(大正8~)
「ラリるとふ…」加藤勝三(大正6~)

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2006-08-03

『独立少年合唱団』

思春期の、何にも染まっていない少年が、“アカ”に染まる。…
元はといえば、伊藤淳史萌えが高じて観た『独立少年合唱団』が、私に火をつけた。
仁侠映画がある世の中に、「あのへんの時代」の革命の映画って、そういやあんまり無いよね。…プロパガンダになり得るから危険、とか?

私は「一番好きな映画?」と尋ねられると、『ベルリン天使の詩』か『独立少年合唱団』を挙げる。…それを言うと、ある映画ヲタクの方から散々なじられたが、いや、私は一歩も引かなかった。
ああいう、美しげで切なげな映画が、どうも私は好きらしい。
『独立少年合唱団』は、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』にも似ている。
「青春」を描くよりも「思春期」を描いた感じ。
研ぎ澄まされたナイフのように危うげで、薄い氷のように脆い、あの感じ。
美しい音楽と、そして心にズシンと余韻を残す不条理なオチが、いつまでも残る。

この美しく、切なく、物悲しく、どこか残酷な思春期を描いた作品が、妙に心に気持ちいいのは何故だろう?
自分にもやはり思い当たるフシがあるからだろうか?

人は十七才で人生の全てを経験すると言った人がいる。人生を「疑問」という言葉に換えてもいいのかもしれない。いくつもの疑問を重ねて道夫は、これからも生きていく。あの澄みきった歌声を心の中で響かせながら。(青木研次/「独立少年合唱団」/角川書店、物語の最後の文章を抜粋)

出版社: 角川書店;ASIN: 4048732609

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2006-08-11

女闘士の歌

会社で飲み会があっても、ビールを注いでまわったり、ライターでタバコに火を点けてあげたりという、ホステスまがいのウザいマネをせずに済むようになったのは、私が社会に出て数年経った頃だった。
ということは、男女雇用均等法が謳われるようになったのは、ほんの数年前か。
それでも「あのへん」の当時のムーブメントは、それが女生徒であっても、男子生徒と“平等”に、容赦をしなかったもよう。 日本も、悲しい国だよな。
志は美しかった革命も、実際は決してそうではなかったらしい。
親が憂うのは当然。…世の中、いずこもそうなんだろうな。
以下の歌は『昭和蔓葉集』第16巻(昭和45~46年)より。

 ヘルメットの下に現はるる頬あからみ団交叫ぶ女子学生あり

 盾の下に打たるる少女の面しろく雨に群集の走るひとかた

 牛乳壜楯に当りて声をあぐバリケードの上の女子学生

 リンチ受くる少女の傍を通るときおし黙りおる啞者(あしゃ)の如くに

 いのち持たぬ造花きらめき埃巻く街に釈放の娘と共に立つ

 不適なる今日の眠りよデモの汗匂はせながら娘(こ)がひた眠る

歌人
「ヘルメットの下に…」五島茂(明治33~)
「盾の下に…」近藤芳美(大正2~)
「リンチ受くる…」道浦母都子(明治22~)
「いのち持たぬ…」佐藤せい子(大正12~)
「不適なる…」松下克子(大正15~)

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2006-08-12

“ゲバルト・ローザ”は、今?

“ゲバルト・ローザ”ってのは、意味は解らないが、凄く力のある名詞だと思った。
「激しく・美しく」的な、闘う女のイメージが浮かぶ。

で、解らない言葉を使用するのはよくなかろう、ということで検索したら、昔の『平凡パンチ』のヌードグラビアが出てきて、崇高なイメージは一気に低俗になった。
しかし、ちゃんと“ゲバルト・ローザ”さんは実在したようだし、その名詞の元になったローザ・ルクセンブルクという人もいたという。
いわゆる、かわぐちかいじの『メドゥーサ』のヒロイン、「陽子」のような女性を、そのように呼ぶようだ。また、映画『独立少年合唱団』に出てきた、「里美」もきっとそのように、仲間内からもてはやされた風のキャラだ。

かねてから気になっていた、実際の“ゲバルト・ローザ”さんは、今一体どうなっているのだろうか…。
私の中のイメージでは、

1.会社経営、または管理職のバリバリのキャリアウーマン。(落合恵子風)
2.指名手配されている過激派の女性。(重信房子風)
3.市民運動に積極的に参加する、政治かぶれのおばちゃん。
4.ジャズ喫茶やスナックのママ。そしてそこは過激派のアジトで、常連客(過激派)でないと敷居をまたぎにくそうな店である。
5.また、ジャズ喫茶やスナックのママには違いないが、運動はしていない。
6.フツーのおばちゃん。もしくは、既に孫もいる。

…この6番が一番イメージしづらいんだがな。
まぁ、出会ったことが無いので、仕方ないよな。

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2006-08-13

アツい時代の映像

1968年全共闘だった時代』の管理人様から頂戴しました、YouTubeの映像。
デモも機動隊の衝突も安田講堂も成田も出てきます。うわー。
エアコンから噴出す熱風の如く、アツいなぁ…。

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2006-08-14

100の質問…

「100質」にしたかったが、思い浮かばなかった。それで「80質」。

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「あのへんの時代」80の質問

「100質」にしたかったが、思い浮かばなかった。それで「80質」。

1.お名前(HN)をお願いします。
2.生年月日を教えてください。
3.お住まいは日本国内ですか?海外ですか?
4.家族構成を教えてください。
5.ご職業は?
6.ご趣味は?
7.好きな色は?
8.ご自分を植物に例えると?
9.ご自分を動物に例えると?
10.持病はありますか?あれば持病の苦労、苦痛もどうぞ。
11.好きな言葉を教えてください。
12.ご自分が一番「自信を持っている」「これには自信がある」、といえることは何ですか?
13.現在、理念はお持ちですか?
14.尊敬する人物は誰ですか?また、その方は、何をなさった方ですか?
15.思想家や文化人と呼ばれる人の中で、共感できるのは?
16.その人の代表的な著書や活動を軽く説明してください。
17.逆に、共感できないのは誰ですか?
18.普段、一番よく読む新聞・雑誌は?
19.一番好きな映画、ドラマなどを教えてください。
20.「団塊」「ビートルズ」「全共闘」。ナントカ世代と言われるなら、
 あなたは何世代だと言われたいですか?
 もしくは、何世代だと言われる方がマシですか?
21.三島事件のその時刻、あなたはどのようにしていらっしゃいましたか?
  また、その事件について、どのようにお感じになりましたか?
22.国際反戦デーに新宿駅を学生が占拠した事件の時刻、あなたはどのようにしていらっしゃいましたか? また、その事件について、お感じになったことがあれば、どうぞ。
23.三億円強奪事件の犯人をご存知ですか?
 また、その事件について、お感じになったことがあれば、どうぞ。
24.あさま山荘事件の時、あなたはどのようにしていらっしゃいましたか?
  また、その事件について、お感じになったことがあれば、どうぞ。
25.これまでにあなたが加わった闘争は、何と呼ばれる闘争ですか?
26.当時、セクトに所属してらっしゃいましたか?
27.デモに加わったことはありますか?
28.バリケードの中に立て篭もったことはありますか?
 また、どのようなヘルメットを被ってらっしゃいましたか?
29.右翼・左翼・どちらでもない、この3つのどれかにあなたは当てはまりますか?
30.「リンチ」にあった、もしくはそれをした経験はありますか?
31.「内ゲバ」とは、どういうことですか?
32.他人に「自己批判」を強要したことはありますか?
 また、何回ぐらいそれをしたか、覚えていますか?
33.「自己批判」をさせられたことはありますか?
 また、何回ぐらいさせられたか、覚えていますか?
34.現在、「自己批判」を強要したい人はいますか?それは、誰ですか?
35.「ゲバルト・ローザ」は、現在どのように過ごされているか、ご存知ですか?
36. ヒロポンやシンナー、薬物に手を出したことはありますか?
37.ヒロポンやシンナー、薬物に手を出した友人を知っていますか?
 また、その方はその後、どのように過ごされておりましたか?
38.
「全共闘を感覚的には支持します」「かかるてあいがもっとも悪い」(歌人・田井安曇(昭和5~)『昭和万葉集16巻』より)という歌について、どのような感想を持たれましたか?
39. あなたより上の世代について、あなたはどうのように思われますか?
40.「ポスト全共闘世代」「新人類」「団塊ジュニア」や最近の若者など、年下の世代をあなたはどのように思われますか?
41.どのようであったならば、あの時、革命は成功していたと思いますか?
42.あの時、革命が成功していたら、世の中はどのようになっていたと思いますか?
43.あなたは、過激派ですか?
44.実は、現在も闘争を続けていらっしゃいますか?
45.お知り合いに過激派の方はおられますか?
46.過激派の資金源をご存知ですか?それは、どういったものですか?
47.市場で新たな消費者層のターゲットなどと言われることについて、あなた自身はどのように思いますか?
48.当時の食事は、どのようなものでしたか?
49.現在の食事はどのようなものですか?
50.当時、どのような服装でしたか?
51.現在はどのような服装ですか?
52.青春時代、好きだった音楽は?
53.現在、好きな音楽は?当時に比べて、何か変化はありますか?
54.フランシーヌはお馬鹿さんだと思いますか?
55.青春時代の愛読書は?
56.現在の愛読書は?当時に比べて、何か変化はありますか?
57.他、青春時代にのめりこんだものはありますか?あればそれは何ですか?
58.あなたの中で、昔も今も変わらないところは、どんなところですか?
59.逆に、変わってしまったところは、どんなところですか?
60.青春時代の恋の思い出をどうぞ。
61.現在、恋してらっしゃいますか?
62.人生で、一番幸せだったのは、あなたが何歳の時ですか?
63.逆に、二度と戻りたくない時代は、何歳の時ですか?
64.大事なものを失ってしまったと思う?あれば、それはどんなものですか?
65.逆に、大事なものを得た、と思う?あれば、それはどんなものですか?
66.人生で一番失敗だった、と思う出来事はありますか?
 あれば、それはどのような出来事ですか?
67.自分は人生の勝者だと思いますか?
68.アメリカという国を、どう思いますか?
69.中東の国々について、どのように思いますか?
70.最近の東アジアについて、どのように思いますか?
71.他、関心を持っている国際問題はありますか?
72.日本が世界にすべきことは何だと思いますか?
73.今の日本に、一言。
74.時の首相に、一言。
75.国家権力や体制の犬、支配者階級を、どのように思いますか?
76.街頭でアジ演説するとしたら、何について語りますか?
77.将来、日本はどのようになっていると思いますか?
78.あなたが思う、「人間」とは、どういったものだとお考えですか?
79.あなたが一番大切にしているものは、何ですか?
80.お疲れさまでした。あなたが一番気に入っているダジャレをどうぞ。

これは市場調査でも何でもない、私が個人的に「あのへんの時代」について、その時代を生きた人々に訊いてみたい事柄である。
答えてみたい、答えてやりたいという方は、ご自分のページにコピペでお持ち帰り下さい。
中でも答えたくない質問については、削除して、「50質」なり「30質」になり変更してお使い下さって構いません。
相互リンクの強制はありませんが、できれば上の質問に答えた旨を、このコメント欄で教えてください

※他、参考↓
プチウヨさんに100の質問
日本辞典『三億円強奪事件』

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2006-09-09

公安みたいなもんにマークされているという妄想

何ヶ月も前に市立図書館にリクエストしておいた本が、今頃になって「借りられる」と、市立図書館から電話があった。
何をリクエストしていたのかも、既に忘れていたが、とりあえず図書館にその本を借りに行った。

『ジャスミンを銃口に~重信房子歌集』であった。

何故、蔵書に加わるのがここまで遅かったのか?
…保守的な土地柄。…まさか私、図書館で「赤い思想の本」ばかり借りていたから、公安とかにマークされているのでは…、と妄想に耽ってみる。
だってしかし、そんな本、自腹で手に入れるような金も情熱も無いから、図書館に買って貰うしかないんだよな。すると結局、あのへんの時代絡みの「赤い思想の本」は、図書館メインで仕入れることになるのだ。

しかし、『ジャスミンを銃口に』は、今は女囚である女戦士の軌跡の歌集であって、「赤い思想」について書かれているものではないし、長々とした文章よりも、凝縮された「歌」のかたちのため、これは読み易くわかり易い。

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この顔を見たら…

警察から指名手配されている人は、悪い人であると、子供の頃から教えられてきたし、今もそう思っている。
特に重信房子は、私が子供の頃からずっと、交番の掲示板に貼られている『アッ!この顔を見たら110番』の常連だったから、私は子供心に、

「こんな指名手配されている人って、どんな悪いことをして、どんな風にして暮らしているんだろう…。」

と、妄想を掻き立てられたものだ。

…ふと振り返ったら、この人(重信房子)がいて、この人の顔を見てしまった私は殺される!…キャーッ!!!…

などという遊びも、小学校の登下校にやって、はしゃいでいたものだ。

小学校四年の時、担任の先生に向かって、ある生徒が「“にほんあかぐん”って何?」と尋ねた。
先生はその時、爆弾を使ってたくさんの人を殺したりすることを“テロ”というのだと説明したが、それ以上を、何とか説明しようとするも、うまく説明できない様子で考え込んだのだった。
先生が説明するのに悩んだ理由も、この歳になって、何となくわかるようになった。


「3時のあなた」の重信房子

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「愛」に生きる人

拘置所という不自由にあって、精神を麻痺させてしまえば楽になれるであろうところを、決してそうはしようとしない、重信房子からは“女戦士”の名に恥じない強さを感じる。
鉄格子の僅かな隙間から、なんとか四季の便りを感じようと、必死にもがいている重信の姿が浮かぶ。
そしてこの人は賢い人だ。余裕の無いところから、余裕を搾り出す。

 尋問に答えつつわが日本語の文法まちがい気になっており

 部屋検査摘発されて奪われしは期限の切れた雷おこし

少々乙女チックに詠まれた、美しいアラビアの風景が多い中、拘置所での生活を詠んだ、こんなユーモアの溢れる歌からも、彼女の機転の効く英知を感じる。(…ところで、この歌をユーモアだと理解してよかったのだろうか…。)

確かに、重信自身の信念を貫こうとするがために、迷惑を被った人々も大勢いたのだろうが、基本的にこの人は、愛に支えられている人だと思う。
家族、友人、支援者と、取り巻く人々に恵まれた、もしかするとこの人は、すこぶる幸せな人かもしれん。
そしてこれほど多くの人の愛に支えられるだけの愛を、重信房子もまた人々に注いだのだろう。

テロリストとは、ひょっとすると「愛」に生きるものなのだろうか。
しかも、凡夫の民のそれではない、純粋な「愛」を貫こうとする。
「純粋過ぎるのは罪だ」と、誰かが言った言葉を思い出す。

出版社: 幻冬舎 (2005/07):ASIN: 4344010159

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2006-09-24

ちょっと泣ける話

重信房子の本にはしょっちゅう「バーシム」という人が出てくるが、誰かと思ったら、同じ日本赤軍の仲間の奥平剛士のことだそうだ。
この人の最期は壮絶だったそうだが、奥平剛士の母が、息子が死んだ日だかその3日後だかに、「息子を見た」と仰っていたそうだ。

勝手口に、幼い日の剛士が入ってきて、うつむいて立っていた。
きっと機関銃に蜂の巣にされて、死んだ時の身体では、帰って来れなかったのだろう。…

…別にテロも革命も支援するわけではないが。
革命家・闘争家・テロリスト…。
それが“子供の姿で親の前に現れる”というギャップが、何気に涙を誘うのだった。

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2006-09-29

「あのへんの時代」:総記

気がつけば、「あのへんの時代」でぐぐると、かなり上位にこのブログが登場するようになった。…

「あのへんの時代」のあんまり固い、理屈の多い文章ではない、物語のようなものを探していたのだが、そういったものが随分少なかった。
残るは、加藤登紀子の『絆』、柴田翔の『われら戦友たち』を未読だが、私はもう、お腹いっぱい。━━読まなくても、何となくわかる、みなまで言うな…、━━というぐらいに「あのへん」の書物を読み漁ったお陰で、ネタバレ状態。
いよいよ「あのへん」の物語は、私の中で致死量に達しようとしていた。

ただ一つ。
やはり私の中で『独立少年合唱団』の秀逸さだけは、この後も引きずり歩くことになる。
あの物語の感動の余韻は、仏壇のよくできた御鈴の音ほどに、長い間共鳴し続けた。
この後、あれほどの感動をもたらせる「あのへんの時代」の物語の登場を、私は待ち侘びることにする。

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2006-09-30

Whisper words wisdom…

五輪真弓の“少女”を聴いたことを発端に、学生運動、並びに「団塊」の青春である「あのへんの時代」を、色々と見聞してみた。
あの曲を聴くと、脳裏にあさま山荘事件の映像とか、安田講堂陥落の映像などが浮かぶ。
そのような映像を思い描きながら、もう既に、私はカラオケで“少女”を歌えば、確実に90点以上は獲れるというほどに、“少女”を聴き込んでしまっていた。

私は学生運動などといったことに疎かったので、今回、初めて知ったことが殆どだった。…「総括」という言葉の意味を知って、正直、「バカじゃねー?」と思いましたとも。

しかし、「あのへんの時代」を追ったことによって、私は日本という“国”もしくは“体制”の、巨大な亡霊の姿を感じるようになった。
かつて「あのへんの時代」のムーブメントは、この巨大な亡霊に対して挑んだ闘いだった。
この亡霊が、今後どんな姿形になるのか。
それがどのようになろうとも、私はきっと、「あのへんの時代」のように、声を張り上げることは、多分ない。
短く太い息で張り上げる大声による言葉は、得てして短命だと。…

「本当に大切な言葉は、細く長い息で、囁き続けることだ。」
と、高校時代の恩師が言った。


幼い私が、母親に手を引かれて歩いた道で見た「ズボンの汚れたおにいちゃん」。
私が汚れたズボンを指差したことで、彼が向き直って怒鳴り散らしたり、睨みつけたりするようなヤクザもんでなくて、本当によかった。
今の時代なら、「パンツの見えてるおねえちゃん」などに対して指を差せば、子供であっても確実にメンチきられる。
きっと、あの「ズボンの汚れたおにいちゃん」は、LOVE&PEACEが信条の、本当は心優しい青年だったと思うことにしよう。

そんなことからも、私が幼かった時代に比べて、失われているものを、何気に感じ取ることができる。
しかし、今のこの国の時代にあって「よかった」と思えることは、こういった事柄をブログに書き散らかして、秘密警察とか公安といったものが、いきなり私の自宅に押し寄せてくることなく、拷問されたり、見せしめの公開処刑にされるといったこともないあたり。

どこの世界の人も、安全と安心と豊かさを、暮らしの中に願っているだろう。
それでも、この“国”の亡霊を含めて、世界中の色んなバケモノは、まだ倒れてくれない。
あのバケモノに牙を向いた「あのへん」の世代の、あのムーブメントを、「勇気」の言葉に置き換えられるのかもしれない。
「若さ≒バカさ」の壁を超えるものを見出すことは、私にはできなかったものの、中上健次著/『日本語について』で、主人公の少年が呟いた「勇気」の意味が、このあたりで符号しはじめている。

-終劇-

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