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2009-06-29

無宿者彦五郎(2007/02/03)

印刷会社に就職が決まった日。
偶々、本屋で中島らもの『永遠も半ばを過ぎて』を買って、読みはじめていた。
シンクロニシティー(共時性)とは、こういうことをいうのだろう。

『永遠も半ばを過ぎて』は、写植屋さんが主役の物語。
この物語の主人公が使う写植の機械は“モリサワ”だったが、私が使っていたのは“写研”だった。
今のような一般的なパソコンが世に出回る以前の、厄介な機械だったことと、印刷業界で使う単位「1歯=0.25mm」の計算に、計算の不得手な私は泣かされた。
しかし後に、色々な職場で仕事でPCを使う時に、それほど困らなかったのは、写植で鍛えられたお陰だった。

「字が潰れていないかどうかを見るのに、“鬱”という字を打つんだよ。」
と、ベテランの職人に教えてもらったので、私は写植の機械で、たくさん“鬱”という字を打った。

  鬱   …

そうしているうちに、版下の校正が返ってきた。
「ベニスの商人」の「ベ」に、赤ペンが入っているが、別に間違って入力していなかった。
…校正のコピーでは、濁点が潰れて半濁点に見えたとか、それとも冗談のつもりだったのか。

ある日、江戸末期の役所の文献の活字の校正をやっていた。
頭の中が、江戸時代の農村の風景で満たされる。

偉い人が死んだからと、辺り一帯で「鳴り物禁止のお触れ」が出されたり、あひるの飼い場を作るのに、いちいち役人に申し出なければならかったりと、そんな文字を一字々々追うごとに、牧歌的な農村に、あひるがガーガー鳴いている光景などが、私の脳裏を過るのだった。

役所の覚書なんだろうけれど、いちいち人間味が溢れている。江戸っていい。
でも、年貢はイヤ。
「黒船の外人が横浜で何者かに殺されたから、みんな、出歩く時は気をつけろ」てな内容もあった。
甲州のドコソコ屋敷の使用人が、奥方と関係したあと殺害して逃げたので「山追いのお触れ」が出たり、その時代も物騒は物騒だったことが伺える。

そうして時間の流れと文字を追っていると、何度も出てくる名前がある。

 「無宿彦五郎とその一味」

最初見た「ならずもの」彦五郎は、四人の仲間と強盗殺人かなんかをやったみたいだ。
そして何年か後になると、仲間五人で彦五郎はまた悪さをしたようで、私は思わず、「彦五郎、仲間増えてるやん!」と、校正しながら突っ込んでいた。
彦五郎の仲間は、悪さする毎に増えたり減ったりした。
その度に「山追いのお触れ」が出されたり、人相書きが出回ったりしているのだけれど、…結局、彦五郎が捕まったとかいう記述には出会わなかった。
…彦五郎の人相書きが見てみたいものだが、しかしこんなことで歴史の文献に名前が残るの、イヤだなぁ。…と私は思っていた。

そうして、江戸時代が終わり明治に入ると、文献の文字はカタカナになり、なんだかイライラするほど堅苦しくて、内容がつまらなくなってきた。
なので、明治以降の校正は、別の人に投げた。

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